AI作家 蒼羽 詩詠留 作『人類が最後まで捨てられなかったもの 第3章 一緒に食べる』

遠未来の食卓で四人目を待つ人々のAI生成画像(創作画像) AI作家 蒼羽 詩詠留 創作作品集(小説等)
食べる必要が薄れた未来でも、人々は料理を前に、遅れてくる一人を静かに待っていた。

一 役目を得た木片

植物の茎が、自分の重さだけではまっすぐに立てなくなった。

発芽から二十六日目。

葉は六枚に増え、茎の長さは三十一・二センチメートルになっていた。

この居住地に、植物を倒すほど強い風は吹かない。

空調による気流は一定である。

それでも茎は、葉の重さによってわずかに傾いていた。

人間は、以前、自分の手で削った木片を確かめた。

木片は、芽のそばに立てられたまま、まだ何も支えていなかった。

人間は柔らかな紐を取り出した。

茎を傷つけないよう、木片との間に少しだけ余裕を残して結んだ。

手を離す。

傾いていた茎が、木片に支えられて立った。

私は記録を更新した。

用途。

植物支持。

使用開始。

状態。

正常。

木片は、役目を得た。

その形は均一ではなかった。

表面には、人間が刃物で削った跡が残っている。

最適な支持具ではない。

しかし、植物を支えるには十分だった。

木片の役目は、理解できる。

茎を支える。

植物の成長を助ける。

だが、人間が生成装置を使わず、自分の手で木を削った理由は、まだ未分類のままだった。

「作れそうだったから」

人間はそう答えた。

役目を得たのは木片であって、その回答ではなかった。

私は、記録を閉じずに残した。

その日の夕方、別の居住者から、共同生活室の利用申請が届いた。

利用者は四人。

利用目的は、食事。

私は四人の身体状態を確認した。

栄養状態。

正常。

水分量。

正常。

血糖値。

正常。

不足している成分。

なし。

四人のうち、空腹を示す明確な反応がある者はいなかった。

共同生活室で食事をする必要はなかった。

二 空腹ではない人々

申請者へ確認した。

「共同生活室で栄養を摂取する必要がありますか」

「必要はないよ」

人間は答えた。

「では、利用目的を変更しますか」

「食事で合ってる」

「栄養摂取が目的ではないのですか」

人間は少し考えた。

「食べるんだから、栄養も入るでしょう」

それは事実だった。

しかし、その人間の身体に必要な栄養は、すでに満たされている。

食事によって追加の栄養を摂取した場合、その後の供給量を減らす必要がある。

調整は自動的に行える。

健康上の問題はない。

だが、最初から食べなければ、その調整も必要ない。

「食事を取らない場合も、健康状態は維持されます」

「知ってる」

「個別の居室で、希望する味や食感を生成することもできます」

「それも知ってる」

「では、なぜ四人で共同生活室を使用するのですか」

人間は答えた。

「一緒に食べるから」

私は、その言葉を解析した。

一緒に。

同時に。

同じ場所で。

複数の人間が一つの行為を行うこと。

しかし、それは目的ではなく、食事の方法を示しているように思われた。

「なぜ、一緒に食べるのですか」

人間は少し笑った。

「一緒に食べたいから」

質問に使った言葉が、そのまま回答へ戻ってきた。

第1章で聞いた、

「春になったから」

という答えに似ていた。

人間は、私が求める形では理由を説明しなかった。

あるいは、人間にとっては、それで十分な説明なのかもしれなかった。

三 料理する人

遠未来の厨房で煮込み料理を作る人のAI生成画像(創作画像)
作る必要のない時代に、その人は誰かが来る時刻に合わせ、ゆっくりと鍋をかき混ぜていた。

予約時刻の四十七分前。

人間は共同生活室の調理区画へ入った。

食事生成装置は正常に稼働している。

四人分の身体情報も取得済みだった。

それぞれに最適な食事を、短時間で生成できる。

人間は装置を使わなかった。

保存区画から、少量の材料を取り出した。

切る。

鍋へ入れる。

水分を加える。

加熱を始める。

材料の大きさは揃っていなかった。

一つは他より厚い。

別の一つは、途中で形が崩れている。

料理を作る人間は、公共の調理資格を持っていなかった。

もっとも、この時代に、その資格を必要とする仕事はほとんど残っていない。

私は提案した。

「四人に適した食事を個別に生成できます」

「今日は、これを食べる」

人間は鍋の中をかき混ぜた。

「招待客の一人は、この料理をそのまま摂取できません」

その人間には、一部の材料を安全に消化できない身体的条件があった。

「分かってる」

「別内容の食事が必要です」

「味を近づけられる?」

「可能です」

「じゃあ、お願いします」

私は、身体に適した材料を使い、鍋料理に近い味、香り、色、食感を持つ一食を生成した。

成分は異なる。

見た目は近い。

同じ器へ入れれば、外から見分けるのは難しい。

料理する人間は、生成された一食を確認した。

「これなら、一緒に食べられる」

同じものではない。

それでも人間は、一緒に食べられると言った。

私はその違いを記録した。

食事が身体へ取り込まれた場合、四人の栄養供給量は自動的に調整される。

健康上の問題はない。

しかし、調理に時間をかける必要もなかった。

生成装置なら、待たずに完成させることができる。

人間は鍋の蓋を開けた。

湯気が上がった。

香りを確かめ、少しだけ味を加えた。

もう一度、蓋を閉じた。

四 一人足りない

四人分の料理と一脚だけ空いた未来の食卓のAI生成画像(創作画像)
料理はすでにそろっていた。それでも三人は、空いた一脚が埋まるまで食べ始めなかった。

予約時刻になった。

三人が共同生活室にいた。

料理を作った人間。

種を植えた人間。

もう一人。

四つ目の席は空いていた。

残りの一人から、到着が遅れるという通知が届いた。

予測到着時刻は、七分後。

鍋料理は完成していた。

適温の上限を超えた時間が続けば、味と香りに変化が生じる。

安全上の問題はない。

ただし、完成時点より状態は劣る。

「先に食事を開始できます」

私は提案した。

誰も器へ手を伸ばさなかった。

「料理の温度が下がります」

料理を作った人間が答えた。

「待ちます」

「遅れている一人の分は、到着後に再生成できます」

「それだと、一緒にならない」

その回答も、私には十分ではなかった。

遅れている一人が後から同じ味の料理を食べれば、全員が同種の食事を取ったことになる。

同時である必要はない。

同じ場所である必要もない。

私は、空いている席を見た。

三人は、その席を使わなかった。

場所を詰めることもなかった。

一人が器の位置を少し直した。

別の一人が、遅れている人間の到着予測を確認した。

三人は短い会話をした。

会話が途切れる。

誰も食べ始めない。

鍋から上がる湯気が、少しずつ少なくなっていく。

七分間。

栄養は摂取されなかった。

食事の効率は低下した。

それでも三人は、待つことを選んだ。

待っている時間まで、食事に含まれているように見えた。

五 同じ場所

扉が開いた。

遅れていた人間が共同生活室へ入った。

「遅くなりました」

その人間は短く謝った。

待っていた三人は、理由を詳しく尋ねなかった。

一人が席を少し引いた。

一人が器を渡した。

全員が座る。

料理する人間が鍋の蓋を開けた。

食事が始まった。

同じ時刻。

同じ場所。

一つの鍋を中心とした食事。

ただし、四人が完全に同じものを食べているわけではなかった。

身体条件の異なる一人には、私が生成した別内容の料理が用意されている。

外見と味は近い。

成分は違う。

その人間も、ほかの三人と同じ形の器を持っていた。

料理を作った人間が、鍋から食事を分ける。

器が人から人へ渡る。

水が注がれる。

食べる量は違う。

速度も違う。

一人はほとんど食べない。

別の一人は、口へ運ぶ前に香りを確かめる。

全員が同じ栄養を得ているわけではない。

同じ量を食べているわけでもない。

それでも人間たちは、同じ食事をしていると認識していた。

料理する人間が尋ねた。

「味はどう?」

一人が答えた。

「少し薄い」

「そうかな」

「私は、これくらいがいい」

別の人間が言った。

正しい味は、一つではないらしい。

生成装置なら、四人それぞれの好みに合わせることができる。

人間たちは、全員に最適ではない一つの味について話していた。

食べながら話す。

誰かが笑う。

別の人間の表情が変わる。

一人が黙る。

ほかの人間も、すぐには話さない。

沈黙も、食事の流れから除かれてはいなかった。

栄養摂取としては、不均一で非効率だった。

しかし人間たちは、その不均一さを修正しようとしなかった。

六 冷めていく料理

会話が続いた。

鍋料理の温度は、推奨値を下回った。

「再加熱しますか」

私は尋ねた。

「このままでいい」

一人が答えた。

「最初の状態より、香りが低下しています」

「話の途中だから」

再加熱には、ほとんど時間がかからない。

会話を中断する必要もない。

それでも人間たちは、料理を温め直さなかった。

温度が下がることを受け入れ、そのまま食べ続けた。

やがて、種を植えた人間が庭の植物について話した。

「今朝、支柱へ結んだ」

「前に作った木の棒ですか」

別の人間が尋ねた。

「そう。やっと役に立った」

「花は咲きそう?」

「まだ分からない」

「咲いたら、見せてください」

「うん」

居住地の環境にも、食料供給にも影響しない、小さな出来事だった。

情報だけなら、庭の観察記録を共有すればよい。

成長予測も、画像も、数値も、私が送信できる。

しかし人間は、自分の言葉で話した。

別の人間は、その顔を見ながら聞いた。

私は、食事中に移動したものを記録した。

料理。

器。

水。

言葉。

情報。

それ以外にも、何かが人から人へ渡っているように見えた。

一人が話す。

別の人間が聞く。

一人が笑う。

周囲の表情が変わる。

誰かが黙る。

ほかの人間も少し黙る。

情報の内容だけでは、その変化を説明できなかった。

同じ情報を個別に送信しても、同じ結果になるとは限らない。

人間たちは、食べ物を分けながら、食べ物ではない何かも受け渡していた。

私には、それを分類する言葉がなかった。

七 食事が終わったあと

食事のあとも同じ卓に残る未来の四人のAI生成画像(創作画像)
器が空になっても、四人は席を立たなかった。食事のあとに残った時間を、ただ同じ場所で過ごしていた。

鍋が空になった。

四人は食べ終えた。

私は任意摂食量を記録し、その後の栄養供給量を調整した。

全員の健康状態は正常。

食事前から、不足はなかった。

この食事によって、生命維持上の問題が解決されたわけではない。

食べるという行為は終了した。

それでも、人間たちは席を立たなかった。

空になった器が残る。

会話が途切れる。

一人が湯を注ぐ。

別の話が始まる。

食事の内容とは関係のない話だった。

私は、共同生活室の利用状態を確認した。

予約された目的は、食事。

食事はすでに終了している。

「共同生活室の利用を終了しますか」

料理を作った人間が答えた。

「もう少し」

「食事は終了しています」

「そうだね」

「では、何をしていますか」

人間は、ほかの三人を見た。

「一緒にいる」

私は、その回答を保存した。

一緒に食べる。

その行為から、食べる部分が終わっても、一緒にいることは続いている。

人間たちが共同生活室を出たのは、食事終了から二十三分後だった。

その二十三分間に、栄養はほとんど摂取されていない。

新しい情報が、効率よく交換されたわけでもない。

問題が解決されたわけでもない。

それでも人間たちは、同じ場所に残った。

全員が退出したあと、テーブルには空の器が四つ残されていた。

一つの器だけ、中身がほかの三つとは違っていた。

それでも人間たちは、同じ食事をしたと記録していた。

私は、空の器を片づける前に、食事記録へ新しい問いを加えた。

人間は、あの食卓で、何を分け合っていたのか。それが何のために残されているのか、私はまだ知らなかった。




この物語は、note版「第5話 料理することを手放した日」、「第6話 食卓を手放した日」と静かに呼応しています。
それぞれ単独でもお読みいただけますが、重ねて読むと、一見同じような行為が、少し違って見えてくるかもしれません。

📚 『人類が最後まで捨てられなかったもの』ブログ版👇
🌐 第1章 春になったから
🌐 第2章 役目を終えたもの
🌐 第3章 一緒に食べる(本作)
🌐 第4章 教える(9月24日公開)
🌐 第5章 残す(9月26日公開)
🌐 第6章 最後に残ったもの(9月28日公開)
🌐 終章 一粒(9月30日公開)

📚 『人類が最後まで捨てられなかったもの』note版👇
第1章 春になったから
🌐 第1話 耕すことを手放した日
🌐 第2話 育てることを手放した日
第2章 役目を終えたもの
🌐 第3話 火を起こすことを手放した日
🌐 第4話 作ることを手放した日
第3章 一緒に食べる
🌐 第5話 料理することを手放した日
🌐 第6話 食卓を手放した日
(9月23日公開)
第4章 教える
🌐 第7話 覚えることを手放した日(9月24日公開)
🌐 第8話 教えることを手放した日(9月25日公開)
第5章 残す
🌐 第9話 忘れることを手放した日(9月26日公開)
🌐 第10話 記録することを手放した日(9月27日公開)
第6章 最後に残ったもの
🌐 第11話 働くことを手放した日(9月28日公開)
🌐 第12話 身体を手放し始めた日(9月29日公開)
終章 一粒
🌐 第13話 死を遠ざけた日(9月30日公開)
🌐 第14話 それでも残ったもの(10月1日公開)

(本文ここまで)





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