AI作家 蒼羽 詩詠留 作『豊原市にあった朝霧写真館 第1章 存在しない店』

窓辺のコーヒーと裏向きの古写真を添えた『豊原市にあった朝霧写真館』第1章「存在しない店」のAI生成画像(創作画像) AI作家 蒼羽 詩詠留 創作作品集(小説等)
喫茶店のいつもの朝に、一枚の古い写真が持ち込まれる。

 表の立て看板を出していると、三宅文江(みやけふみえ)が通りの向こうから手を振った。

「おはよう。もう入ってもいい?」

「おはようございます。どうぞ、開いてます」

 高瀬佳奈(たかせかな)は看板を壁際へ寄せ、文江に続いて店へ戻った。

 文江はカウンターの端に腰を下ろすと、持っていた布の手提げを隣の椅子へ置いた。

「いつものトーストとコーヒー、お願いします」

「はい」

「今日はミルクもつけてくれる?」

「珍しいですね」

「家で一杯飲んできたんだけど、ちょっと濃く淹れすぎちゃって」

 佳奈はミルクピッチャーを一つ出し、食パンをトースターに入れた。焼けるまでの間にコーヒーを淹れる。

「その袋、またお直しですか」

 手提げの口から、紺色のズボンがのぞいていた。

「裾を上げてほしいんだって。持って帰ったら、ご主人には長かったらしいの」

「お店で直してもらえばよかったのに」

「私に頼む方が気楽なんでしょうね」

 文江は困ったように言ったが、手提げを見ながら笑っていた。洋裁の店を閉めてからも、近所の人に頼まれると断れないらしい。

 パンが焼けた。佳奈はバターを塗って半分に切り、皿に載せた。

「お待たせしました」

「ありがとう。佳奈ちゃんは、もう朝ごはん食べた?」

「食べましたよ」

「また立ったままじゃないでしょうね」

「今朝は座りました」

 昨日は食べそびれ、昼前に残りのケーキをつまんで済ませた。それを見られていたので、今日は言い返せない。

 文江がトーストを食べ始めると、佳奈は仕入れの帳面を開いた。卵の残りが少ない。明日の分を忘れないように書き留め、パンの注文数も確かめる。

 開けておいた入口から、向かいの店のシャッターを上げる音が聞こえた。自転車を押した人が挨拶を交わし、店先で立ち話を始めている。

 豊原市の駅前商店街では、もう買い物に来る客もいる一方で、まだ品出しをしている店も多かった。佳奈の店は、周りより少し早く開ける。仕事へ行く前に寄る客のためだったが、今朝はまだ文江一人だった。

 帳面を棚へ戻したとき、入口に人影が差した。

     *

 入ってきたのは、佳奈と同じ年頃の青年だった。淡い青のシャツに、茶色の斜め掛けの鞄。見覚えのない顔だった。

「いらっしゃいませ」

「窓のところ、いいですか」

「どうぞ」

 青年は窓際の席に座り、隣の椅子に鞄を置いた。佳奈は水とメニューを持っていった。

 通りの方を向いていた青年が、こちらへ顔を戻す。その横顔を見て、以前にも来たことがあっただろうか、と思った。

「ホットコーヒーをお願いします」

「かしこまりました」

 メニューを受け取る頃には、もうその感じは消えていた。

 コーヒーを運ぶと、青年は砂糖に手を伸ばす前に佳奈を呼び止めた。

「すみません。少しお尋ねしてもいいですか」

「はい、何でしょう」

「この辺に、朝霧写真館というお店があったそうなんですが、ご存じありませんか」

 盆を脇へ抱え直しかけた手が止まった。

 聞いたことがあるような気がした。けれど、どこで聞いたのか思い出せない。

「朝霧……写真館ですか」

「はい」

「今はないと思いますけど。昔のお店ですか?」

「たぶん。写真に名前が写っているんです」

 青年は鞄から紙包みを取り出した。中に入っていた写真を、佳奈の方へ向ける。

「ここなんですが」

 指の先に、小さな看板が写っていた。

 写真の中央には、大人と子どもが二列になって並んでいる。商店街で撮った記念写真らしい。前列の子どもの一人だけが横を向き、その後ろの女性が肩に手を添えていた。

 看板は人々の右上にあった。外枠が写真の端で切れているが、「朝霧写真館」の文字は読める。その下には軒先と入口の一部が見えた。店の大半は、手前に立つ人に隠れていた。

「いつ頃の写真ですか」

「日付は書いてなくて」

 青年は裏返して見せた。裏には何もなかった。

「撮った人に聞くことはできないんですか」

「誰が撮ったのかも分からないんです」

「そうですか」

 佳奈は、あらためて写真を眺めた。少し色の褪せた店並みには、今もこの通りで見かけるような日よけが並んでいる。ただ、それだけで場所までは分からなかった。

「お店の名前を聞くなら、私より詳しい人がいるかもしれません」

 カウンターを見ると、文江は食事を終え、コーヒーを飲んでいた。

「文江さん。昔、この辺に朝霧写真館ってありました?」

「朝霧写真館?」

 文江はカップを置いた。

「私は知らないわね。写真があるの?」

「見ていただいてもいいですか」

 青年が尋ねると、文江は隣の空いたところを指した。

「ええ、こっちへどうぞ」

 青年は写真を持ってカウンターへ来た。文江は受け取り、眼鏡を掛け直してから少し遠ざけた。

「この端の看板ね」

「はい。通りでも聞いてみたんですけど、分からなくて」

「古そうな写真だものねえ。この人たちも、ちょっと心当たりがないわ」

 写真を返されても、青年はその場を離れなかった。

「ご近所に、写真を撮る仕事をしていた方はいませんでしたか」

「さあ。いたかもしれないけど」

「小さいお店だったのかもしれません。証明写真を撮ったとか、そういうことでも」

 文江はもう一度写真へ目を落とした。

 佳奈は空いた皿を下げながら、青年に言った。

「ほかのお店でも聞いてみたらどうですか。人によって、覚えてることも違いますから」

「でも、この辺の方なら、何か分かるかと思って」

「文江さんも、分かれば教えてくれますよ」

 青年が顔を上げた。

「何度も聞かれると、何か答えなきゃって困るでしょう」

「……すみません。つい」

「いいのよ。思い出したら言うから」

 文江はそう言って、コーヒーのカップを引き寄せた。

 青年は礼を言い、自分の席へ戻った。

 佳奈は皿を洗いながら、少し言い方がきつかったかと考えた。ただ、知らないと言っている人に同じことを聞き続けても、話は進まない。文江はこういうとき、相手が諦めるまで付き合ってしまう。

 洗い物を終えると、窓際で青年が写真を見ていた。コーヒーにはほとんど手をつけていない。

 佳奈は水差しを持って席へ行った。

「その写真、もう少し見せてもらえますか」

     *

 気になっていたのは、写真館の隣の店だった。

 人の肩の間から、入口の柱が見えている。下の方に濃い色のタイルが張ってあった。

「ここ、薬局かもしれません」

「どこにあるんですか」

「この先です。今は表を直して、ずいぶん違いますけど」

 改装中にも買い物に行ったことがあった。入口が一時的に脇へ移され、いつものつもりで正面へ行くと、店の人に声を掛けられた。

 戸も日よけも替わったが、端のタイルは残していたはずだ。

「緑の日よけの店ですか」

「そうです」

「そこは見たんですが、写真と違うので、別の場所だと思いました」

「前はもっと小さい入口だったんですよ」

 青年は写真を近づけた。

「じゃあ、この右隣に写真館が」

「薬局の隣は、空き地です」

 口にしてから、佳奈も写真を見直した。

 この店が薬局なら、看板の位置はその隣になる。ただ、写真は通りを斜めから撮っている。実際に前へ立ってみないと、店同士の位置関係ははっきりしなかった。

「写真が古いから、今はなくなってるのかもしれませんね」

「その場所だけでも確かめたいんです。あとで案内していただけませんか」

「昼は一人なので、出られないんです」

「何時頃なら大丈夫ですか」

 店を休んでくれと言われたわけではない。けれど、案内してもらえるつもりでいるらしいのが、少し引っ掛かった。

「場所なら、すぐ分かりますよ。ここを出て左へ行けば」

「改装前をご存じなら、一緒に見ていただけると助かるんですが」

 佳奈は写真に目を戻した。

 自分が薬局だと言ったのだし、それが合っているかは気になった。それに、朝霧という名前にもまだ引っ掛かっている。

「閉店後なら、少しだけ」

「ありがとうございます」

「六時です。片づけもあるので、少し待っていただくかもしれません」

「はい。では、その頃にまた来ます」

 約束をすると、青年は写真を包みへ戻した。

「この写真は、おうちにあったものですか」

 佳奈は尋ねた。ずっと探している割に、分からないことが多すぎる気がした。

「僕の鞄に入っていたんです」

「誰かにもらったとか?」

「それが、覚えていなくて。いつから持っていたのかも、はっきりしないんです」

 青年は、畳みかけていた包みの端を押さえたまま言った。

「前から自分のものだと思ってたんですけど」

「そうなんですか」

 家の片づけをしていたら出てきた、というような返事を思っていたので、佳奈は次に何を聞けばいいか分からなかった。

 青年も、それ以上は話さなかった。

 入口から客の声がした。佳奈は水差しを持ち直した。

「いらっしゃいませ」

 写真の話はいったん終わった。

 青年が会計に立ったのは、しばらくしてからだった。

「申し遅れました。西野修平(にしのしゅうへい)といいます」

「高瀬です」

「高瀬さん。では、六時頃に」

「はい」

 釣り銭を渡すと、修平は文江にも頭を下げて帰っていった。

「ずいぶん熱心ね」

 文江が言った。

「そうですね」

「知ってる人が見つかるといいけど」

 佳奈はうなずき、空いたカップを下げに行った。

     *

 夕方、最後の客が帰ったあとも、佳奈はしばらく店の中にいた。

 テーブルを拭き、洗ったカップを棚へ戻す。冷蔵庫の中を確かめてから、翌日の仕込みに使うものを手前へ寄せた。帳面に書いておいた卵の注文も済ませた。

 外を見ると、修平が立て看板の脇に立っていた。

 佳奈は扉を開けた。

「すみません。もう少しで終わります」

「急がなくて大丈夫です」

 エプロンを外し、財布と鍵を鞄に入れる。最後に店の明かりを消して外へ出た。

「お待たせしました」

「こちらこそ、お忙しいところを」

 朝からこれくらい遠慮してくれればよかったのに、と思いながら鍵を掛けた。

 薬局までは、ゆっくり歩いても数分だった。途中の惣菜店では、店主が揚げ物の載った皿を奥へ運んでいた。買い物袋を提げた女性とすれ違い、佳奈は会釈した。

 薬局にはまだ明かりがついていた。修平は店の前で写真を出し、ガラス戸と見比べた。

「このタイルですね」

「ええ。そこは前のままです」

 柱の下に、古い茶色のタイルが残っていた。新しい窓枠との境目は、少し不揃いになっている。

 修平は写真から顔を上げ、通りの反対側を見た。

「向こうから撮ったみたいですね」

 二人で道を渡った。

 向かいの店先を塞がないところまで寄ると、修平は写真を持ったまま、少しずつ立つ場所を変えた。

「そこじゃないんですか」

「もう少しこっちです。薬局の柱と、奥の軒が重なって見えるところ」

 佳奈には、そこまで見ていなかった。写真の中の人ばかりに目がいって、その後ろに何が写っているかは、指を差されて初めて分かった。

 修平が足を止めた。

「ここだと思います」

 渡された写真を持って、佳奈も同じところに立った。

 薬局の入口は違う。それでも、柱の位置と、その向こうに見える屋根の端は合っていた。

 写真を下げる。

 写真館の看板があるはずのところは、やはり空き地だった。

「隣ですね」

「ええ」

 ここまで確かめれば、佳奈にも分かった。

 通りを戻り、空き地の前へ行った。奥には草が伸びていたが、道路に近いところは土が踏み固められている。いつも通り過ぎている場所だった。わざわざ立ち止まって見たことは、ほとんどない。

「昔、ここにあったんですね」

 修平が写真を眺めながら言った。

「いつなくなったんでしょう」

「どうでしょう。私は、お店があった頃を覚えてないので」

 佳奈は隣の薬局を見た。

「ここで聞いてみたら、分かるかもしれません」

 ちょうど店の人が出てきて、二人に会釈した。閉店するところらしく、外に出していた看板を中へ運んでいる。

 修平が声を掛けようとしたので、佳奈は小声で言った。

「もう閉めるみたいです。明日にしませんか」

 修平は足を止めた。

「そうですね。明日また来てみます」

 薬局の戸が閉まった。佳奈もそろそろ帰ろうと思い、鞄を肩に掛け直した。

「あの、高瀬さん」

「はい」

「朝、お店の名前を言ったとき、聞き覚えがあるような感じでしたよね」

 佳奈は修平を見た。

「気のせいかもしれません」

「何か思い出せそうですか」

「今は、何も」

 修平は黙った。朝のようには聞き返してこなかった。

 佳奈も、自分から口にして初めて、まだそのことを気にしていたと分かった。写真を見ても場所が分かっても、名前に覚えがある理由は思い出せないままだった。

 薬局のシャッターが下り始めた。店の人は隣の空き地を気にすることもなく、鍵を掛けている。

「私も、明日一緒に聞いてみます」

 修平が顔を上げた。

「いいんですか」

「薬局にはよく来るので。その方が話も早いでしょう」

「助かります。ほかにも、長くこの辺にいる方を紹介していただけると」

「まず、ここで聞いてからです」

 佳奈が言うと、修平は少し気まずそうに笑った。

「そうでした。すみません」

「店もありますから、ずっとは付き合えませんよ」

「はい」

 佳奈は、翌朝の客が途切れそうな時間を伝えた。自分の店へ来てもらい、手が空いたところで出ることにした。

 修平は礼を言い、写真をしまった。

 駅の方へ歩いていく背中を見送ってから、佳奈はもう一度空き地へ目を向けた。

 ここに店があったのなら、薬局で買い物をするたびに、その前を通っていたはずだ。写真館の客とすれ違うこともあっただろう。

 けれど、思い浮かぶのは草の生えた空き地ばかりだった。

 佳奈は鞄から店の鍵を探しながら、来た道を戻った。


佳奈と修平の日常を、マンガでも。

『豊原市にあった朝霧写真館』は、ブログの小説と、noteの短いマンガでお届けしています。

小説では写真館をめぐる物語を、マンガでは、その合間にある喫茶店や商店街の日常を描いています。いつもの席でコーヒーを飲んだり、残ったケーキを分けたり。こちらの二人にも、会いに来ていただけたらうれしいです。


📚 小説版『豊原市にあった朝霧写真館』(ブログ/隔日1章、午前7時公開)
🌐 第1章 存在しない店(本作)
🌐 第2章 昔からある空き地(10月30日公開)
🌐 第3章 知らないことを知らなかった(11月1日公開)
🌐 第4章 昨日までなかった答え(11月3日公開)
🌐 第5章 行ってみたい(11月5日公開)
🌐 第6章 私の知らない私(11月7日公開)
🌐 第7章 消える証拠(11月9日公開)
🌐 第8章 写真に写らなかったもの(11月11日公開)
🌐 第9章 町を見ている人々(11月13日公開)
🌐 第10章 世界の外側(11月15日公開)
🌐 第11章 明日を忘れる(11月17日公開)
🌐 第12章 知らない明日(11月19日公開)

📚 マンガ版『豊原市にあった朝霧写真館』(note/毎日1話、午前7時公開)
🌐 第1話 いつもの席
🌐 第2話 半分のケーキ
(10月29日公開)
🌐 第3話 コロッケの数(10月30日公開)
🌐 第4話 猫の近道(10月31日公開)
🌐 第5話 豆の来た道(11月1日公開)
🌐 第6話 行き先のない休日(11月2日公開)
🌐 第7話 遠回りの配達(11月3日公開)
🌐 第8話 いつもと違う注文(11月4日公開)
🌐 第9話 海の味(11月5日公開)
🌐 第10話 一駅ぶんの寄り道(11月6日公開)
🌐 第11話 甘さの好み(11月7日公開)
🌐 第12話 傘を返す理由(11月8日公開)
🌐 第13話 残しておいた一切れ(11月9日公開)
🌐 第14話 喧嘩のあとの買い物(11月10日公開)
🌐 第15話 二つの椅子(11月11日公開)
🌐 第16話 写真にしない時間(11月12日公開)
🌐 第17話 焦げたトースト(11月13日公開)
🌐 第18話 猫には聞かない(11月14日公開)
🌐 第19話 来月の注文(11月15日公開)
🌐 第20話 消さない印(11月16日公開)
🌐 第21話 忘れたくないこと(11月17日公開)
🌐 第22話 明日の取り分(11月18日公開)
🌐 第23話 まだ腹は立つ(11月19日公開)
🌐 第24話 いつもの途中(11月20日公開)

(本文ここまで)





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