前回に引き続いて、今回も発酵食品に共通的で基礎的な事を書きます。
「発酵」の定義等(前回)
食品の発酵に利用している微生物(前回)
発酵食品(前回)
日本の発酵食品の特色
日本の発酵(食品)の最大の特色は発酵に麹菌という黴(カビ)という糸状菌を使うものが多いということであり、また、発酵食品の種類が非常に多いという特色もあります。
麹菌による発酵
欧州の発酵食品と言えば、乳酸菌等で牛乳等を発酵させたヨーグルトやチーズ、酵母でブドウ等の果実に含まれている糖類を発酵させた葡萄酒やブランデー等の果実酒、麦類に含まれている澱粉等を麦芽に含まれているアミラーゼで糖化させてから発酵させたビールやウィスキーが思い浮かぶと思います。
これらの発酵食品の多くは、乳酸菌か酵母だけによる発酵で製造されたものです。
一方、日本では、乳酸菌や酵母による発酵も行われていますが、それに加えて高温多湿な環境で増殖する糸状菌(黴)の仲間である麹菌を使用した発酵技術が発展しました。
麹菌を使用した発酵食品の代表は味噌であり、その主原料である大豆を直接発酵するのではなく、先ず麹菌を、蒸した大豆、米、麦等で繁殖させて麹を作ります。
この麹には、麹菌が産生した、蛋白質、炭水化物や脂質を分解する酵素が大量に含まれていて、これらの酵素を含む麹を主原料の蒸し大豆に混ぜて発酵させることで味噌が出来ます。
この際、使用する大豆の種類、麹菌の種類、麹の原料の種類、麹と主原料の蒸し大豆の比率、発酵温度、発酵時間等によって無数とも言える多くの種類の味噌を作ることができます。
日本酒、焼酎、泡盛等のアルコール飲料の場合は、更に複雑な段階を踏んで発酵させます。
先ず、麹菌によって、一般的には米や麦(日本酒の場合は米のみ)から麹を作り、この麹に含まれる炭水化物(主に澱粉)を分解する酵素によって、米、麦、薩摩芋、蕎麦、黒糖、栗等々様々な主原料に含まれている炭水化物(主に澱粉)を分解(糖化)し、産生した糖分(ブドウ糖等)を酵母によってアルコール発酵するという2段階での発酵をします。
こうした麹菌と酵母による2段階による発酵を行うことと、その発酵過程における具体的な工程の違いにより、日本酒等の種類も極めて多くになります。
多様な発酵食品
前項で、日本の代表的な発酵食品である味噌と日本酒等だけでも極めて多数の種類になることを書きましたが、日本の発酵食品は、味噌の兄弟とも言えるほど似た過程で発酵させながら、液体という全く異なった食品である醤油、日本酒等のアルコールを酢酸発酵させて作る食酢、納豆菌という独特の微生物で大豆を発酵させた納豆、主に魚に詰め込んだ米飯の澱粉を乳酸発酵して作る熟鮓(なれずし)等々、多様な原料を、多様な微生物によって、多様な過程で発酵させた非常に多くの種類の発酵食品があり、日本人の命と健康を支え続けてきました。
また、内臓等を取り除いた魚を「くさや液(代々受け継いで使うことにより様々な微生物が発酵して産生した酪酸、プロピオン酸、トリメチルアミンといった独特の不快な臭気を有する有機酸やアミン類を含んでいる)」に浸けて天日等で干した「くさや」という有名な干物があり、これも発酵食品として扱われていますが、厳密に言えば、魚自体は発酵しておらず、発酵しているのは「くさや液」の方です。
なお、酪酸は腸内の善玉菌と言われる酪酸菌が産生する有益物質であり、プロピオン酸も食品や飼料の防腐剤等として使用される有益物質ですが、トリメチルアミンは「特定悪臭物質」として悪臭防止法の規制対象となるほどであり、一般的には有益な使い道がありません。
従って、一般的に、微生物がトリメチルアミンを産生する場合は「腐敗」であり、そういった微生物が腸内に存在したら「悪玉菌」と呼ばれますが、そうした微生物ですら「くさや(くさや液)」の製造という人間に有益な「発酵」に利用してきた食文化は本当に興味深いです。
発酵食品の健康効果等
発酵食品には、一般的に、「栄養素や機能性成分の増加」「プロバイオティクスとプレバイオティクスによる腸内環境(腸内フローラ)の改善」「消化と吸収の負担軽減」「食品の保存性の向上」のような効果がありますが、これらの効果の有無や効果の大小は各発酵食品毎に異なります。
栄養素や機能性成分の減少と増加等
発酵食品は、微生物が発酵前の原材料の食品の栄養素を代謝するため、全体としてのエネルギー、蛋白質、脂質、炭水化物、ビタミン等の栄養素は減少しますが、特定のアミノ酸、脂肪酸、ビタミンや機能性成分が増加したり、元の食品には含まれていない機能性成分が新たに産生され、多くの場合、風味も向上します。
このため、私は、こういった栄養素や機能性成分の減少と増加等を考えて、原材料の食品をそのまま食べるか、発酵食品を食べるかを決めています。
プロバイオティクスとプレバイオティクスによる腸内環境(腸内フローラ)の改善
発酵に使われる微生物の多くは、腸内の善玉菌と同一又は近縁のものが多いです。残念ながら、その多くは胃酸によって死滅又は激減する場合が多いとされていますが、微生物の種類によっては、発酵食品を食べることで善玉菌を直接摂る「プロバイオティクス(probiotics)」の効果もある程度は期待できます。
また、「プロバイオティクス(probiotics)」の効果が全く無い場合においても、発酵食品には善玉菌の餌となる成分が豊富に含まれている場合が多いので、「プレバイオティクス(prebiotics)」の効果も期待できます。
腸内環境(腸内フローラ)を改善し、良好な状態を維持することは、栄養素や機能性成分を摂取することと同等以上に、健康のために必要不可欠だと言われています。
消化と吸収の負担軽減
食事をした後に、食べた食品を消化吸収する際にエネルギーが消費されて熱を産生しますが、これを食事誘発性熱産生と言い、蛋白質のみを摂取したときは摂取エネルギーの約30%、糖質のみの場合は約6%、脂質のみの場合は約4%で、通常の食事はこれらの混合なので約10%程度になるとのことです。
このこと自体は健康に良い面が多いのですが、消化・吸収にはエネルギーだけでなく、体内に蓄えられた消化酵素等の様々な物質も消費され、消化・吸収に関わる様々な臓器にも負担がかかり、また、消化によって産生される有害物質もあります。
多くの発酵食品は、含まれている蛋白質、脂質、炭水化物の一定量が分解されているため、消化・吸収に要する負担を軽減することができます。
必要とする栄養素と機能性成分を摂りながら、それに必要とする負担を軽減することは、特に、年齢、体調、病気等で体力が低下している場合は、健康にとって大きな効果があると言われています。
食品の保存性の向上
味噌や漬け物といった発酵食品の多くは、栄養素等云々よりも、食品の保存のために発展したと言われています。
現代では冷蔵庫により簡単に食品を保存できるようになりましたが、同じ冷蔵庫での保存という条件ならば、生鮮食品をそのまま保存するよりも、発酵食品の方が保存期間を長くすることができますので、現代でも多少なりとも保存性の向上という効果を享受することができると思います。
発酵化学(発酵学)の面白さと勉強
生物と生物の関係は複雑であり、捕食側と被捕食側の関係で捉えると、一般的には前者の方が後者より大型かつ進化した生物の場合が多いですが、感染側と被感染側、寄生側と被寄生側の関係で捉えるとなると立場は逆転します。
更に、発酵という概念で考えると、発酵を利用する人間と発酵する微生物の関係は協力関係(発酵する微生物が腸内細菌の場合は共生関係)と言えます。
もちろん、協力関係といっても、微生物側には人間と協力しているという意識はなく、人間側も、近代となって、科学的に発酵という微生物の代謝活動を解明するまでは、微生物を利用しているという意識はありませんでしたが。
更に遡ると、真核光合成生物の共通の祖先となる単細胞生物が、光合成をおこなう細菌(シアノバクテリアという説が有力)を取り込んで共生関係を持ったのが葉緑体の起源であり、真核細胞生物の共通の祖先となる単細胞生物が、好気性細菌を取り込んで共生関係を持ったのがミトコンドリアの起源であるという説が有力です。
葉緑体は葉緑体独自の遺伝子を、ミトコンドリアはミトコンドリア独自の遺伝子を有していることから、現在でもそれぞれは共生関係のままであるという見方もできれば、共生を始めてからから遥かなる時を経て既に一体の生物となったという見方も出来ると思います。
人間の腸内細菌の多くは母親から子供へと受け継いで来たと言われており、また、人間は腸内細菌無しでは生存することが出来ない関係にあることから、人間と腸内細菌は半ば一体の存在であるという見方も出来るかと思います。
私は、大学時代、3年次になり、4年次の専攻室の希望を提出する際、最終的に生物化学研究室を希望しましたが、生物化学(生化学)、栄養化学(栄養学)、発酵化学(発酵学)等何れも面白そうで最後まで迷いました。
発酵化学が面白いと思った最大の理由は、こうした(人間を含む複雑な臓器を有する)多細胞生物と細菌や酵母といった微生物との関係に学問的な興味を持ったからです。
そして、今は、大学時代から学び続けている生物化学、栄養化学と同様、発酵化学(醗酵学)についても、学問的興味だけではなく、自分自身が「二度目の人生を本気で生きる」ために必要不可欠な健康の土台となる最も重要な知識分野の一つとして学生時代以上に本気で勉強を続けてます。
また、アルコール飲料以外の日本の伝統的な発酵食品には豊富な栄養素と機能性成分が含まれているだけでなく、発酵に利用した微生物自体に腸内環境を改善する効果があるものが多いのでこうした発酵食品を一種類でも多く食べるようにしています。
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