前回の日本人の食事摂取基準(2020年版)における「1 策定方針」に引き続き、今回と次回は「2 策定の基本的事項」について書きます。
2 策定の基本的事項
2-1 指標の概要
2-1-1 エネルギーの指標
エネルギーについては、エネルギー摂取の過不足の回避を目的とする指標を設定する。
エネルギーについては、エネルギーの摂取量及び消費量のバランス(エネルギー収支バランス)の維持を示す指標として、BMIを用いた。このため、成人における観察疫学研究において報告された総死亡率が最も低かった BMIの範囲、日本人のBMIの実態などを総合的に検証し、目標とするBMIの範囲を提示した。なお、BMIは、健康の保持・増進、生活習慣病の発症予防、さらには、加齢によるフレイルを回避するための要素の一つとして扱うことに留めるべきである。
なお、エネルギー必要量については、無視できない個人間差が要因として多数存在するため、性・年齢区分・身体活動レベル別に単一の値として示すのは困難であるが、エネルギー必要量の概念は重要であること、目標とするBMIの提示が成人に限られていること、エネルギー必要量に依存することが知られている栄養素の推定平均必要量の算出に当たってエネルギーの必要量の概数が必要となることなどから、参考資料としてエネルギー必要量の基本的事項や測定方法、推定方法を記述するとともに、併せて推定エネルギー必要量を参考表として示した。
2-1-2 栄養素の指標
● 推定平均必要量(estimated average requirement:EAR)
ある対象集団において測定された必要量の分布に基づき、母集団(例えば65〜74歳の男性)における必要量の平均値の推定値を示すものとして定義する。つまり、当該集団に属する50%の者が必要量を満たす(同時に、50%の者が必要量を満たさない)と推定される摂取量として定義される。
推定平均必要量は、摂取不足の回避が目的だが、ここでいう「不足」とは、必ずしも古典的な欠乏症が生じることだけを意味するものではなく、その定義は栄養素によって異なる。それぞれの栄養素で用いられた推定平均必要量の定義については、本章の表4及び各論を参照されたい。
● 推奨量(recommended dietary allowance:RDA)
ある対象集団において測定された必要量の分布に基づき、母集団に属するほとんどの者(97〜 98%)が充足している量として「推奨量」を定義する。
推奨量は、推定平均必要量が与えられる 栄養素に対して設定され、推定平均必要量を用いて算出される。推奨量は、実験等において観察された必要量の個人間変動の標準偏差を、母集団における必要量の個人間変動の標準偏差の推定値として用いることにより、理論的には、(推定必要量の平均値+2×推定必要量の標準偏差)として算出される。
しかし、実際には推定必要量の標準偏差が実験から正確に与えられることは稀である。そのため、多くの場合、推定値を用いざるを得ない。
したがって、
推奨量=推定平均必要量×(1+2×変動係数)=推定平均必要量×推奨量算定係数
として、推奨量を求めた。
● 目安量(adequate intake:AI)
特定の集団における、ある一定の栄養状態を維持するのに十分な量として「目安量」を定義する。十分な科学的根拠が得られず「推定平均必要量」が算定できない場合に算定するものとする。
実際には、特定の集団において不足状態を示す者がほとんど観察されない量として与えられる。基本的には、健康な多数の者を対象として、栄養素摂取量を観察した疫学的研究によって得られる。目安量は、次の三つの概念のいずれかに基づく値である。どの概念に基づくものであるかは、栄養素や性・年齢区分によって異なる。
① 特定の集団において、生体指標等を用いた健康状態の確認と当該栄養素摂取量の調査を同時に行い、その結果から不足状態を示す者がほとんど存在しない摂取量を推測し、その値を用いる場合:対象集団で不足状態を示す者がほとんど存在しない場合には栄養素摂取量の中央値を用いる。
② 生体指標等を用いた健康状態の確認ができないが、健康な日本人を中心として構成されている集団の代表的な栄養素摂取量の分布が得られる場合:原則、栄養素摂取量の中央値を用いる。
③ 母乳で保育されている健康な乳児の摂取量に基づく場合:母乳中の栄養素濃度と哺乳量との積
を用いる。
● 耐容上限量(tolerable upper intake level:UL)
健康障害をもたらすリスクがないとみなされる習慣的な摂取量の上限として「耐容上限量」を定義する。これを超えて摂取すると、過剰摂取によって生じる潜在的な健康障害のリスクが高まると考える。
理論的には「耐容上限量」は、「健康障害が発現しないことが知られている習慣的な摂取量」の最大値(健康障害非発現量、no observed adverse effect level:NOAEL)と「健康障害が発現したことが知られている習慣的な摂取量」の最小値(最低健康障害発現量、lowest observed ad- verse effect level:LOAEL)との間に存在する。
しかし、これらの報告は少なく、特殊な集団を対象としたものに限られること、さらには、動物実験やin vitroなど人工的に構成された条件下で行われた実験で得られた結果に基づかねばならない場合もあることから、得られた数値の不確実性と安全の確保に配慮して、NOAEL又はLOAELを「不確実性因子」(uncertain factor:UF) で除した値を耐容上限量とした。具体的には、基本的に次のようにして耐容上限量を算定した。
・ヒトを対象として通常の食品を摂取した報告に基づく場合:UL=NOAEL÷UF(UFには1から5の範囲で適当な値を用いた)
・ヒトを対象としてサプリメントを摂取した報告に基づく場合、又は、動物実験やin vitroの実験に基づく場合:UL=LOAEL÷UF(UFには10を用いた)
● 目標量(tentative dietary goal for preventing life-style related diseases:DG)
生活習慣病の発症予防を目的として、特定の集団において、その疾患のリスクや、その代理指標となる生体指標の値が低くなると考えられる栄養状態が達成できる量として算定し、現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量として「目標量」を設定する。これは、疫学研究によって得られた知見を中心とし、実験栄養学的な研究による知見を加味して策定されるものである。しかし、栄養素摂取量と生活習慣病のリスクとの関連は連続的であり、かつ、閾値が存在しない場合が多い。このような場合には、好ましい摂取量として、ある値又は範囲を提唱することは困難である。そこで、諸外国の食事摂取基準や疾病予防ガイドライン、現在の日本人の摂取量・食品構成・ 嗜好などを考慮し、実行可能性を重視して設定することとした。また、生活習慣病の重症化予防及びフレイル予防を目的とした量を設定できる場合は、発症予防を目的とした量(目標量)とは区別して示すこととした。
各栄養素の特徴を考慮して、基本的には次の3種類の算定方法を用いた。なお、次の算定方法 に該当しない場合でも、栄養政策上、目標量の設定の重要性を認める場合は基準を策定することとした。
・望ましいと考えられる摂取量よりも現在の日本人の摂取量が少ない場合:範囲の下の値だけを算
定する。食物繊維とカリウムが相当する。これらの値は、実現可能性を考慮し、望ましいと考えられる摂取量と現在の摂取量(中央値)との中間値を用いた。
・望ましいと考えられる摂取量よりも現在の日本人の摂取量が多い場合:範囲の上の値だけを算定する。飽和脂肪酸、ナトリウム(食塩相当量)が相当する。これらの値は、最近の摂取量の推移と実現可能性を考慮して算定した。
・生活習慣病の発症予防を目的とした複合的な指標:構成比率を算定する。エネルギー産生栄養素バランス〔たんぱく質、脂質、炭水化物(アルコールを含む)が、総エネルギー摂取量に占めるべき割合〕がこれに相当する。

栄養素摂取量と生活習慣病のリスクとの関連は連続的であり、かつ、閾値が存在しない場合が多い。関連が直線的で閾値のない典型的な例を図に示した。実際には、不明確ながら閾値が存在すると考えられるものや関連が曲線的なものも存在する。
参考 1 食事摂取基準の各指標を理解するための概念
推定平均必要量や耐容上限量などの指標を理解するための概念図を図 5 に示す。この図は、習慣的な摂取量と摂取不足又は過剰摂取に由来する健康障害のリスク、すなわち、健康障害が生じる確率との関係を概念的に示している。この概念を集団に当てはめると、摂取不足を生じる者の割合又は過剰摂取によって健康障害を生じる者の割合を示す図として理解することもできる。

縦軸は、個人の場合は不足又は過剰によって健康障害が生じる確率を、集団の場合は不足状態にある者又は過剰摂取によって健康障害を生じる者の割合を示す。
不足の確率が推定平均必要量では 0.5(50%)あり、推奨量では 0.02〜0.03(中間値として0.025)(2〜3%又は2.5%)あることを示す。耐容上限量以上の量を摂取した場合には過剰摂取による健康障害が生じる潜在的なリスクが存在することを示す。そして、推奨量と耐容上限量との間の摂取量では、不足のリスク、過剰摂取による健康障害が生じるリスクともに0(ゼロ)に近いことを示す。
目安量については、推定平均必要量及び推奨量と一定の関係を持たない。しかし、推奨量と目安量を同時に算定することが可能であれば、目安量は推奨量よりも大きい(図では右方)と考えられるため、参考として付記した。
目標量は、ここに示す概念や方法とは異なる性質のものであることから、ここには図示できない。
まとめ
「2-1-1 エネルギーの指標」について
以下の内容は、「二度目の人生における健康的な食生活 42~生命と健康長寿に必要なエネルギーの摂取基準と摂取量等 1」の『「1-1 エネルギー」について』で書いたことの再掲です。
冒頭で書きましたとおり、「日本人の食事摂取基準」の「エネルギー」に関する記述、特に、以前から摂取エネルギーの管理の骨幹だと認識していた「推定エネルギー必要量」と2015年版「日本人の食事摂取基準」から新しく導入された「BMI」との関係等を理解するまでには相当な勉強と時間を要し、今でも完全に理解したとは言えません。
その最大の原因が私の基礎知識が乏しいことにあることは間違いありませんが、2010年版までの「日本人の食事摂取基準」には、「エネルギーの食事摂取基準には、アメリカ/カナダの食事摂取基準と同様に、推定エネルギー必要量という概念を適用する。」と明記され、推定エネルギー必要量の表にも「エネルギーの食事摂取基準」と明記されており、その頃の記憶を引き摺っていたこともあります。
また、ネット上で「日本人の食事摂取基準」&「エネルギー」で検索すると、未だに、真っ先に、参考と明記することもなく「推定エネルギー必要量」の表を転載している一方、BMIには全く触れてもいないサイトも多く、BMIに触れていても推定エネルギー必要量とBMIとの関係について明確に説明しているサイトは見たことがないため、推定エネルギー必要量は参考とは言えそれだけ重要なのだろうという(誤った?)認識に囚われ続けてもいました。
そして、2015年版の「日本人の食事摂取基準」から「BMI」という概念が導入されそれ自体は理解できたのですが、「エネルギーの過不足は体重の変化又は BMI を用いて評価する」という考え方と「推定エネルギー必要量」の考え方の間に矛盾的なものを感じ続けていたという次第です。
ある時、「エネルギー」に関する記載内容で重要なことは次の2点だけであり、私を悩ませ続けてきた「参考表2 推定エネルギー必要量(kcal/日)」の中で重要なのは表中に書かれている数値ではなく、欄外の「注 1:活用に当たっては、食事摂取状況のアセスメント、体重及び BMI の把握を行い、エネルギーの過不足は、体重の変化又は BMI を用いて評価すること。」だと割り切ることで頭の中をスッキリとすることが出来ました。
① 「1 基本的事項」に書かれている「エネルギーの摂取量及び消費量のバランスの維持を示す指標としてBMI を採用する。」
② 表2 目標とする BMI の範囲(18 歳以上)
上記のような理解の上で、現在は「参考表2 推定エネルギー必要量(kcal/日)」は文字通り参考に過ぎず(極論するなら無視しても良い?)、それよりも「表2 目標とする BMI の範囲(18 歳以上)」を文字通り目標としてエネルギーの摂取量を管理することが基本であり重要であると考えています。
逆に言うなら、「参考表2 推定エネルギー必要量(kcal/日)」に掲載されているエネルギーを摂り続けて、「表2 目標とする BMI の範囲(18 歳以上)」から逸脱しているなら本末転倒だと思います。
しかしながら、私の場合、持病である逆流性食道炎を改善に努めてきた結果、現在のBMIは19.3〜19.7kg/m2まで下がり、目標とするBMIの範囲を下回っています。(現在のBMIは19.5〜19.9kg/m2)
「2-1-2 栄養素の指標」について
「● 推定平均必要量(estimated average requirement:EAR)」について
重要なポイントは、該当する母集団に属する100人が、ある栄養素について、「推定平均必要量」を摂取していても、半数の50人は必要量を満たすが残りの50人は必要量を満たさないと推定されるということだと理解しています。
ネット上には「推定平均必要量を満たせば良い」といった情報も見受けられるので注意が必要であると思います。
「● 推奨量(recommended dietary allowance:RDA)」について
重要なポイントは、該当する母集団に属する100人が、ある栄養素について、「推奨量」を摂取すれば、ほとんどの者(97〜 98%)は充足し、充足しないのは残りの者(3〜2%)と推定されると理解しています。
推奨量が示されている栄養素については、これを目標とすべきであると考えています。
「● 目安量(adequate intake:AI)」について
ポイントは、十分な科学的根拠が得られず「推定平均必要量」は算定できないが、この程度摂取している集団には不足状態を示す者がほとんど観察されないので目安量以上を摂取していれば、不足することはほとんどないだろうと理解しています。
「● 耐容上限量(tolerable upper intake level:UL)」について
過剰摂取によって健康障害が発生した場合における「習慣的な摂取量」の報告が少ないため、リスクを下げるため、NOAELやLOAELをUF(確実性因子)で割って「耐容上限量」を定めていると理解しています。
また、一般的に、「通常の食品」よりも「サプリメント」の方がリスクが高く、過剰摂取による健康障害の報告例もあるため、LOAELを10という大きなUFで割って「耐容上限量」を定めていると理解しています。
「● 目標量(tentative dietary goal for preventing life-style related diseases:DG)」について
最初に、目標量について読んだ時にはよく理解できませんでしたが、今は、・・・
例えば・・・
食物繊維とカリウムの目標量は、本当は、この目標量以上に増やすことが望ましいが、実施可能性の観点から、目標量を下回っている人は、摂取量を増やして、せめて目標量は達成しましょうという指標だと理解しています。
飽和脂肪酸とナトリウム(食塩相当量)の目標量は、本当は、この目標量以下に減らすことが望ましいが、実施可能性の観点から、目標量を上回っている人は、摂取量を減らして、せめて目標量は達成しましょうという指標だと理解しています。
次回は「2 策定の基本的事項」の続きについて書きます。
画像とお願い事項.etc
本ブログで使用している生成画像/創作画像(アイキャッチ画像と箱館戦争(明治元年〜2年)当時の五稜郭)
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今回のアイキャッチ画像としては、日本人の食事摂取基準における「栄養素の指標の目的と種類」の説明風景のAI生成画像(創作画像)を作成してもらいました。
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日本人の食事摂取基準(2025年版)について
本ページを投稿するのは2025年4月4日です。
2025年度となった4月1日から、昨年10月11日に公表された日本人の食事摂取基準(2025年版)が使用されていますが、今までの関係上、引き続き2020年版について書いています。
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