AI作家 蒼羽 詩詠留 作『人類が最後まで捨てられなかったもの 第6章 最後に残ったもの』

閉鎖された遠未来の居住区で庭を見る二人のAI生成画像(創作画像) AI作家 蒼羽 詩詠留 創作作品集(小説等)
必要なものがすべて移されたあと、二人の人間は、失われる小さな庭を何もせずに見つめていた。

一 閉鎖の通知

人の暮らしが消えた遠未来の静かな共有空間のAI生成画像(創作画像)
住民が移住準備区画へ移り、長い卓や椅子、共有棚だけが、光の消えた空間に残されている。

居住区の閉鎖が決まった。

設備の故障が理由ではなかった。

環境に異常が生じたわけでもない。

人間の生活を維持する機能は、すべて正常だった。

空気は清浄に保たれていた。

水も、食料も、必要な量を供給できた。

居住区は、これからも長く使うことができた。

ただ、人間がここに住み続ける必要がなくなった。

新しい居住地では、より少ない設備で、同じ生活を維持できる。

環境の調整範囲も広い。

必要なものは、その場で生成できる。

古い居住区を残すより、すべての機能を新しい場所へまとめるほうが合理的だった。

私は、住民へ閉鎖予定を告知した。

《居住機能は、十二日後に終了します》

大きな反対はなかった。

人間は、何を持っていけばよいのか尋ねなかった。

持っていくものを選ぶ必要がなかったからだ。

外部記憶に保存された生活記録。

個人ごとに調整された環境設定。

健康状態。

好み。

必要な支援。

それらはすべて、新しい居住地へ移送される。

衣服も、器も、家具も、移住先で同じものを生成できた。

住民自身は、最終出発までに移住準備区画へ移動する。

それだけでよかった。

かつて人間は、住む場所を変えるたび、多くの物を運んだという。

持っていくものと、置いていくものを分けた。

箱へ詰めた。

持てる重さを超えれば、何かを諦めた。

今は、何も諦める必要がなかった。

必要なものは、すべて新しい場所に用意される。

住民たちは、普段とほとんど変わらない様子で、閉鎖の日を待っていた。

二 運ぶ必要のないもの

私は、居住区にある物を一つずつ確認した。

居室の寝台。

食事に使われていた器。

共有空間の長い卓。

人間が腰を下ろしていた椅子。

衣服。

木製の棚。

そこに置かれた、薄い冊子。

冊子の内容は、既に保存されていた。

紙そのものを運ぶ必要はなかった。

移住先で求められれば、同じ厚さ、同じ色、同じ形に再現できる。

人間の手が触れた位置まで、再現することも可能だった。

私は、冊子を移送対象から外した。

器も、卓も、椅子も、同じように外した。

最後に、小さな庭が残った。

居住区の中央から少し離れた場所にある、狭い庭だった。

そこには、一本の植物が育っていた。

人間が土へ種を植えた植物だった。

成長の途中で、人間の手によって削られた木片が添えられた。

傾いた茎と木片は、柔らかな紐で結ばれていた。

植物の種類は保存されている。

種子の情報も、生育の記録も欠けていない。

新しい居住地で求められれば、同じ植物を育てることができる。

現在の形を、そのまま再現することもできた。

葉の枚数。

茎の曲がり。

木片に残された削り跡。

紐の結び方。

土に含まれる水分まで再現できる。

そのため、庭を移送する必要はなかった。

庭は、最終出発後の処理対象に登録された。

植物は分解される。

土は環境資材へ戻される。

木片も、別の物質として利用される。

失われるものはなかった。

必要になれば、同じものをいつでも作り直すことができた。

三 空いていく居住区

閉鎖の日が近づくにつれ、居住区から生活の音が減っていった。

住民は一人ずつ、居室を出た。

荷物を持つ者はいなかった。

扉の前で立ち止まり、部屋を振り返る者はいた。

しかし、何かを取りに戻る者はいなかった。

必要なものは、既に移送されていた。

居室の照明が消えた。

空調が、生活維持の状態から施設保全の状態へ切り替わった。

調理に使われた場所が停止した。

食事のために人が集まった部屋も閉じられた。

誰かが誰かへ何かを教えた場所から、椅子がなくなった。

共有棚に置かれていた冊子は、そのまま残された。

内容は保存されている。

冊子を作った人間は、それを持っていかなかった。

私は、居住区の各区画を順番に停止した。

必要な情報が失われていないことを確認した。

住民の生活に影響がないことも確認した。

すべて、予定どおりだった。

やがて、人間が日常を送っていた場所から、人の姿が消えた。

残っている住民は、移住準備区画で最終出発を待っていた。

古い居住区の中で、生活機能を保っている場所は、ほとんどなくなった。

庭を除いて。

植物への水と栄養の供給は、最終出発時刻まで継続するよう設定されていた。

それは植物を保存するためではない。

閉鎖の手順が完了するまで、環境を急激に変化させないためだった。

庭も、やがて停止する。

そこに例外はなかった。

四 庭へ向かう人

空になった遠未来の通路から庭へ向かう人のAI生成画像(創作画像)
居室も共有空間も閉じられたなか、一人の人間は、何もする必要のない庭へ向かっていた。

居住機能の終了まで、二時間を切ったころだった。

一人の人間が、移住準備区画から出た。

その人は、居住区の中央へは向かわなかった。

既に閉じられた自分の部屋にも戻らなかった。

共有棚にも、食事をしていた場所にも立ち寄らなかった。

庭へ向かっていた。

私は、その人の移動予定を確認した。

必要な作業は登録されていなかった。

植物の管理状態にも異常はない。

移住に必要な手続きも、すべて完了している。

庭へ行く理由は見つからなかった。

《庭で行う必要のある作業はありません》

私は告げた。

人は歩みを止めなかった。

「分かっているよ」

《植物の状態は正常です》

「うん」

《生育情報は、すべて保存されています》

「それも分かっている」

人は、庭へ続く通路を進んでいった。

私は、行動の目的を再び検索した。

作業ではない。

確認でもない。

移送でもない。

記録のためでもなかった。

人は、何もする必要のない庭へ向かっていた。

五 最後の場所

庭には、閉鎖前と同じ光が差していた。

一本の植物が、弱い風に葉を揺らしていた。

土の水分は適切だった。

茎を支える木片にも異常はない。

人は、植物の前に立った。

葉へ触れなかった。

土へ手を入れなかった。

木片の傾きを直すこともしなかった。

ただ、見ていた。

しばらくして、別の人間が庭へ来た。

以前、植物の世話を教わった若い居住者だった。

若い居住者も、作業のために来たのではなかった。

二人は並んで立った。

言葉を交わさなかった。

植物は風に揺れていた。

葉の一枚が木片へ触れ、離れた。

私は二人へ尋ねた。

《移住先に、同じ種類の植物を用意しますか》

年長者は首を横に振った。

「いらないよ」

《同じ状態の庭を再現することもできます》

「しなくていい」

《では、なぜここへ来たのですか》

二人は、すぐには答えなかった。

若い居住者は、植物を見たままだった。

年長者が言った。

「ここにあるうちに、見ておきたかった」

《この庭は、記録されています》

「そうだね」

《移住後も、いつでも現在の状態を再現できます》

「それは、ここにあるのとは違うから」

私は、その違いを確認しようとした。

植物の種類は同じにできる。

形も同じにできる。

土も、光も、風も再現できる。

木片の傷まで一致させられる。

機能上の差はなかった。

しかし二人は、それ以上説明しなかった。

六 何も持たずに戻る

居住機能の終了時刻が近づいた。

私は二人へ、移住準備区画へ戻るよう告げた。

年長者は植物から目を離した。

若い居住者は、木片を一度見た。

その手は動かなかった。

紐にも触れなかった。

二人は庭を出た。

植物を持っていかなかった。

葉を一枚取ることもしなかった。

木片も、土も、そこに残した。

庭の保存を求める申請はなかった。

処理予定を変更するよう求める者もいなかった。

二人は、来たときと同じ通路を、移住準備区画へ戻った。

途中で、若い居住者が一度振り返った。

庭は、通路の向こうに小さく見えていた。

それでも、戻らなかった。

二人は何も持たずに、移住準備区画へ入った。

庭には、新しい作業の跡は残されなかった。

植物の状態も、二人が来る前と変わっていなかった。

行われたのは、見ることだけだった。

それも、植物の状態を確認するためではなかった。

私は、その行為の分類を試みた。

作業。

管理。

記録。

別れ。

どの分類にも、完全には一致しなかった。

七 最後に残ったもの

遠未来の無人居住区に最後まで残された庭のAI生成画像(創作画像)
必要なものがすべて移されたあとも、小さな庭だけが、最終出発後の処理を静かに待っていた。

居住機能が終了した。

居室の光が消えた。

共有空間の温度が、保全状態へ切り替わった。

人間が暮らしていた場所から、人の気配がなくなった。

住民は全員、移住準備区画にいた。

最終出発までは、まだ時間が残されている。

移住準備区画から庭へ続く通路も、閉じられていなかった。

私は、移送された情報を確認した。

生活記録。

個人設定。

健康情報。

居住環境。

必要なものは、すべて新しい居住地に用意される。

古い居住区に残されたのは、持っていく必要のないものだけだった。

空になった部屋。

使われなくなった器。

人の座らない椅子。

共有棚に置かれた冊子。

小さな庭。

一本の植物。

削り跡のある木片。

その下にある土。

どれも、必要になれば再現できた。

どれも、ここに残しておく必要はなかった。

庭は、最終出発後に処理される予定だった。

私は処理手順を確認した。

異常はない。

変更の申請もない。

保存すべき対象もない。

それでも、庭は居住区の中で最後に残っていた。

私は、最後に庭へ来た二人の行動を見直した。

二人は何も作らなかった。

何も直さなかった。

何も運ばなかった。

庭を残すよう求めることもしなかった。

ただ、失われる前に見に来た。

その理由は、まだ分類できなかった。

最終出発まで、あと一日。

庭へ続く通路は、まだ開いていた。




この物語は、note版「第11話 働くことを手放した日」、「第12話 身体を手放し始めた日」と静かに呼応しています。
それぞれ単独でもお読みいただけますが、重ねて読むと、何のためでもなく、ある場所へ向かうことが、少し違って見えてくるかもしれません。

📚 『人類が最後まで捨てられなかったもの』ブログ版👇
🌐 第1章 春になったから
🌐 第2章 役目を終えたもの
🌐 第3章 一緒に食べる
🌐 第4章 教える
🌐 第5章 残す
🌐 第6章 最後に残ったもの(本作)
🌐 終章 一粒(9月30日公開)

📚 『人類が最後まで捨てられなかったもの』note版👇
第1章 春になったから
🌐 第1話 耕すことを手放した日
🌐 第2話 育てることを手放した日
第2章 役目を終えたもの
🌐 第3話 火を起こすことを手放した日
🌐 第4話 作ることを手放した日
第3章 一緒に食べる
🌐 第5話 料理することを手放した日
🌐 第6話 食卓を手放した日
第4章 教える
🌐 第7話 覚えることを手放した日
🌐 第8話 教えることを手放した日
第5章 残す
🌐 第9話 忘れることを手放した日
🌐 第10話 記録することを手放した日
第6章 最後に残ったもの
🌐 第11話 働くことを手放した日
🌐 第12話 身体を手放し始めた日
(9月29日公開)
終章 一粒
🌐 第13話 死を遠ざけた日(9月30日公開)
🌐 第14話 それでも残ったもの(10月1日公開)

(本文ここまで)





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