前回までの全般・共通的事項、飽和脂肪酸、必須脂肪酸であるn-6系脂肪酸(ω6系脂肪酸/オメガ6系脂肪酸)とn-3系脂肪酸(ω3系脂肪酸/オメガ3系脂肪酸)に引き続き、今回は「日本人の食事摂取基準(2020年版)」におけるその他の脂質(一価不飽和脂肪酸、トランス脂肪酸)と食事性コレステロールに関する要点等について書きます。
同基準で書かれている脂質、脂肪酸、必須脂肪酸、n-6系脂肪酸、n-3系脂肪酸、「18:2 n-6」といった用語等については、脂質と脂肪酸の概要をご参照ください。
「日本人の食事摂取基準(2020版)」における脂質に関する記述の要点 3
7 その他の脂質
7-1 一価不飽和脂肪酸
7-1-1 基本的事項
一価不飽和脂肪酸には、ミリストオレイン酸(14:1 n-7)、パルミトオレイン酸(16:1 n-7)、オレイン酸(18:1 n-9)、エルカ酸(22:1 n-9)などがある。一価不飽和脂肪酸は食品から摂取されるとともに、⊿9不飽和化酵素(desaturase)と呼ばれる二重結合を作る酵素により、飽和脂肪酸から生体内でも合成ができる。
7-1-2 摂取状況
平成28年国民健康・栄養調査における日本人成人(18 歳以上)の摂取量の中央値は、20.0g/日(男性)、17.0g/日(女性)である。
7-1-3 健康の保持・増進
7-1-3-1 生活習慣病の発症予防
一価不飽和脂肪酸摂取量と総死亡率、循環器疾患死亡率、脳卒中死亡率、心筋梗塞死亡率の関連を検討したコホート研究の結果をまとめたメタ・アナリシスでは、どの指標でも有意な関連を観察していない。また、同様の検討を心筋梗塞に限って行ったメタ・アナリシスでも、有意な関連を見いだしていない。しかし、一つ目のメタ・アナリシスでは、「一価不飽和脂肪酸摂取量/飽和脂肪酸」の比が総死亡率や循環器疾患死亡率と有意な負の関連を示した。このことは、飽和脂肪酸に比べれば相対的に一価不飽和脂肪酸が循環器疾患の予防に寄与し得る可能性を示唆しているものと考えられる。
以上のように、一価不飽和脂肪酸が主な生活習慣病の予防にどのように、そしてどの程度寄与し得るか(又はリスクになるか)はまだ明らかではないと考え、一価不飽和脂肪酸の目標量は設定しなかった。しかし、一価不飽和脂肪酸もエネルギーを産生するため、肥満予防の観点から過剰摂取に注意すべきである。
7-1-3-2 目標量の策定
必須脂肪酸でなく、同時に、主な生活習慣病への量的影響も明らかではないため、目標量は策定しなかった。
7-2 トランス脂肪酸
7-2-1基本的事項
トランス脂肪酸(トランス型脂肪酸)は不飽和脂肪酸であり、一つ以上の不飽和結合がトランス型である脂肪酸である(注:自然界に存在する脂肪酸に含まれる不飽和結合のほとんどはシス型結合である)。工業的に水素添加を行い、不飽和脂肪酸(液状油)を飽和脂肪酸(固形油)に変えるときに副産物として生じる。つまり、これらのトランス脂肪酸は工業由来のものである。また、反芻動物の胃で微生物により生成され、乳製品、肉の中に含まれる脂肪酸の中にもトランス脂肪酸が存在する。我々が摂取するトランス脂肪酸は、この二つに大別される。
7-2-2 摂取状況
食品安全委員会は「食品に含まれるトランス脂肪酸」(報告書)で、国民健康・栄養調査(平成15〜19 年)のデータを解析し、全対象者における平均値、中央値ともに 0.3%エネルギーと報告している。
7-2-3 健康の保持・増進
7-2-3-1 生活習慣病の発症予防
トランス脂肪酸は、飽和脂肪酸よりもLDLコレステロール/HDLコレステロール比を大きく上昇させることが、介入試験をまとめたメタ・アナリシスで示されている。コホート研究をまとめたメタ・アナリシスでは、工業由来トランス脂肪酸の最大摂取群は最小摂取群に比較して冠動脈疾患発症の相対危険が1.3 倍であったと報告されている。類似の結果は、その後の類似のメタ・アナリシスでも報告されている。
トランス脂肪酸摂取が数週間以内の血糖変化に与える影響を観察した介入試験をまとめたメタ・アナリシスでは、トランス脂肪酸摂取は血糖値に有意な変化を与えなかったと報告している。
また、コホート研究をまとめたメタ・アナリシスでも、糖尿病発症率との間に有意な関連を観察していない。
なお、トランス脂肪酸は工業由来のものと、反芻動物の胃で微生物により生成され、乳製品、肉の中に含まれているものに大別される。冠動脈疾患や脂質系のトランス脂肪酸の影響は前者に限られると報告されている。
また、2 型糖尿病発症との関連を検討した観察研究をまとめたメタ・アナリシスでは有意な関連は認められておらず、介入研究をまとめたメタ・アナリシスでもトランス脂肪酸摂取量を 2.6〜9.0% エネルギー増加させてもインスリンや血糖値の増加は認められていないと報告している。
日本人のトランス脂肪酸摂取量(欧米に比較して少ない摂取量)の範囲で疾病罹患のリスクになるかどうかは明らかでない。しかし、欧米での研究では、トランス脂肪酸摂取量は冠動脈疾患、血中CRP(C反応性たんぱく質)値と用量依存的に正の関連が示され、閾値は示されていない。また、日本人の中にも欧米人のトランス脂肪酸摂取量に近い者もいる。なお、工業的に生産されるトランス脂肪酸の人体での有用性は知られていない。
7-2-3-2 目標量の策定
必須脂肪酸でないため、必要量は存在しない。一方、冠動脈疾患の明らかな危険因子の一つであり、目標量の算定を考慮すべき栄養素である。
「LDL コレステロール/HDL コレステロール」の比への影響を考えるとその影響は、摂取量が同じ場合、飽和脂肪酸の方がトランス脂肪酸よりも2倍程度大きい。これに現在の摂取量(前述のように日本人成人の平均摂取量は、トランス脂肪酸で0.3% エネルギー程度、飽和脂肪酸の7%エネルギー程度である)を考慮すると、トランス脂肪酸の影響は、飽和脂肪酸の影響の12 分の1程度〔=(0.3×2)/(7×1)〕となる。
トランス脂肪酸が冠動脈疾患の明らかな危険因子の一つであるものの、その摂取量及びその健康への影響が飽和脂肪酸に比べてかなり小さいと考えられること、日本人における摂取量の実態がいまだ十分には進んでいないことなどを勘案して、目標量は策定しないこととした。ただし、これはトランス脂肪酸の摂取量を現状のままに留めてよいという意味ではない。日本人の大多数は、トランス脂肪酸に関する WHO の目標を下回っており、通常の食生活ではトランス脂肪酸の摂取による健康への影響は小さいと考えられているものの、様々な努力によって(飽和脂肪酸に置き換えるのではなく)平均摂取量を更に少なくし、また、多量摂取者の割合を更に少なくするための具体的な対策が望まれる。
ところで、世界保健機関(WHO)を始め、アメリカなど幾つかの国では、トランス脂肪酸の摂取量を総エネルギー摂取量の1%未満に留めることを推奨している。したがって、あくまでも参考値ではあるものの、日本人においてもトランス脂肪酸の摂取量は1%エネルギー未満に留めることが望ましく1% エネルギー未満でもできるだけ低く留めることが望ましいと考えられる。
8 食事性コレステロール
8-1 基本的事項
コレステロールは、ステロイド骨格と炭化水素側鎖を持つ両親媒性の分子である。体内で合成でき、経口摂取されるコレステロール(食事性コレステロール)は体内で作られるコレステロールのおよそ1/3〜1/7 である。また、コレステロールを多く摂取すると肝臓でのコレステロール合成は減少し、摂取量が少なくなるとコレステロール合成は増加し、末梢への補給が一定に保たれるようにフィードバック機構が働く。このため、コレステロール摂取量と血中コレステロール値との間には関連はあるものの、コレステロール摂取量がそのまま血中総コレステロール値に反映されるわけではない。これらのことから、コレステロールは必須栄養素ではない。
8-2 摂取状況
平成 28 年国民健康・栄養調査における日本人成人(18 歳以上)の摂取量の中央値は、315 mg/日(男性)、278 mg/日(女性)である。
8-3 健康の保持・増進
8-3-1 生活習慣病の発症予防
8-3-1-1 生活習慣病との関連
古くは Keys の式及び Hegsted の式として知られているとおり、コレステロール摂取量の変化は、飽和脂肪酸に摂取量の変化とともに、血中コレステロール値の変化に量的に関連する。つまり、コレステロール摂取量が増えれば血中コレステロールは増加する。類似の研究をまとめたメタ・アナリシスでも、ほぼ同じ結果が示されている。しかし、両者の間に明確な閾値は観察されていない。
上記より、コレステロール摂取量の過剰摂取は循環器疾患の危険因子となり得ると考えられ、幾つかの疫学研究がその結果を報告している。個人や集団ごとに異なるものの、コレステロール摂取源の主なものは卵であり、そのために、疫学研究ではコレステロール摂取量の代わりに卵摂取量や卵摂取頻度を用いた研究も多い。このような方法を用いたコホート研究の結果をまとめたメタ・アナリシスは、卵摂取源と心筋梗塞発症率との間に有意な関連は認められなかったと報告している。我が国で行われたコホート研究でも、ほぼ同様に、虚血性心疾患や脳卒中死亡率、心筋梗塞発症率との間に有意な関連は認められていない。しかしながら、少なくとも我が国では、コレステロール摂取又は卵摂取が健康に好ましくないという情報が広く流布していたため、因果の逆転が生じた可能性を否定できないと考えられる。また、上記のメタ・アナリシスでは、習慣的な卵摂取頻度が 1.5 個/日を超えていた集団はわずか一つであり、そのために、この摂取頻度以上の範囲についての結果の信頼度は低いものと考えられる。
最近に発表された個々の研究を概観すると、アメリカで行われた六つのコホート研究のデータをプールして解析した研究では、コレステロール摂取量及び卵摂取量と、循環器疾患発症率及び総死亡率の間に、いずれも有意でほぼ直線的な正の関連が観察されている。一方、中国で行われた50 万人規模のコホート研究では、卵摂取量と循環器疾患発症率には、「摂取しない」から「1日に1個」までの間で、有意な負の関連が認められている。また、中国で行われた他のコホート研究では、1日に1個以下の卵摂取は循環器疾患発症率及び総死亡率を上げることはなかったと報告している。さらに、スウェーデンで行われた二つのコホート研究をまとめて解析した結果でも、1日に1個以下の卵摂取は心筋梗塞発症率と関連を認めなかったと報告している。
しかしながら、これら疫学研究の多くにおいてコレステロール摂取量(又は卵摂取頻度)と心筋梗塞など循環器疾患の発症率及び死亡率との間に有意な関連が観察されなかったとしても、これをもってコレステロール摂取量の上限を設けなくてもよいとは言えない。一方で、コレステロール摂取量を変化させて血中コレステロールの変化を観察した介入試験においても、上述のように、明確な閾値が観察されていないため、上限を決めるための根拠として用いるのは難しい。
以上より、少なくとも循環器疾患予防(発症予防)の観点からは目標量(上限)を設けるのは難しいと考え、設定しないこととした。しかしながら、これは許容されるコレステロール摂取量に上限が存在しないことを保証するものではないことに強く注意すべきである。
8-4 生活習慣病の重症化予防
脂質異常症を有する者及びそのハイリスク者においては、そのリスクをできるだけ軽減する必要がある。上述のように、コレステロール摂取量の変化と血中コレステロールの変化は有意な相関を示すことから、望ましい摂取量の上限を決める必要があると考えられる。日本動脈硬化学会による「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版」では、冠動脈疾患のリスクに応じLDLコレステロールの管理目標値が定められており、高LDLコレステロール血症患者ではコレステロールの摂取を200 mg/日未満とすることにより、LDL コレステロールの低下効果が期待できるとしている。以上より、脂質異常症の重症化予防の目的からは、200 mg/日未満に留めることが望ましい。
一価不飽和脂肪酸、トランス脂肪酸と食事性コレステロールの摂取基準等に関するまとめ
一価不飽和脂肪酸
最近、ネット上で話題になっているオリーブオイルの主成分(74%)はこの一価不飽和脂肪酸です。
一部には、オリーブオイルの摂取を強く推奨している情報もありますが、『一価不飽和脂肪酸が主な生活習慣病の予防にどのように、そしてどの程度寄与し得るか(又はリスクになるか)はまだ明らかではない上に、肥満予防の観点から過剰摂取に注意すべき』とされていることからこうした情報には慎重を期すことが必要であると考えています。
トランス脂肪酸
日本人の食事摂取基準(2020年版)」の記載を読むと、トランス脂肪酸は、過酸化脂質と並び、百害あって一利なしであることは間違いないようです。
また、『トランス脂肪酸の摂取量は1%エネルギー未満に留めることが望ましく1% エネルギー未満でもできるだけ低く留めることが望ましいと考えられる。』と書かれている一方、一般の脂肪酸と異なり、各食品に含まれているトランス脂肪酸の量が明確でないことが問題です。
トランス脂肪酸の低減化に取り組み、その含有量を明確にしているメーカーもありますが、この点に全く触れていない加工食品も多く、特に、外食の場合、トランス脂肪酸の含有量は全く不明です。
このため、トランス脂肪酸を多く含んでいることが明確な食品はもとより、その可能性がある食品も摂取を出来るだけ控えることが必要であると考えています。
食事性コレステロール
私の年代の多くはコレステロールと聞いて思い浮かぶのは卵だと思います。
私が若い頃は『卵はコレステロールが多いので食べ過ぎは良くない』と耳タコになるくらい聞いていました。
一方、最近は、ネット上で『卵は完全栄養食なので沢山食べた方が良い』という情報が多く、そうしたサイトでは、コレステロールに触れていないか、触れていても卵のコレステロールは心配しなくて良いとしているものも多いです。
しかしながら、「日本人の食事摂取基準(2020年版)」で書かれている『許容されるコレステロール摂取量に上限が存在しないことを保証するものではないことに強く注意すべきである。』に照らすと、こうした情報には疑問を感じざるを得ません。
次回は、私の一価不飽和脂肪酸、トランス脂肪酸、食事性コレステロールの摂取量と脂質に関するまとめ等について書きます。
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