魏志倭人伝の中でも、後半に差し掛かるこの一連の記述は、卑弥呼の治世における外交儀礼と、その背後にある魏の意図を端的に示している。遠路を訪れた使節の労をねぎらい、称号や印綬を授け、さらに多種多様な織物や珍品を下賜する様子は、冊封体制の実相を物語る。難升米・牛利の名も、ここでは明確な官職授与とともに記録され、続く贈答品目の羅列は倭国との関係の深まりを象徴している。
ここでは、そういった状況について、中華書局本を基準としつつ、各異本に見られる語句の違いや表現の差異を精査・比較する。
本節では、『魏志倭人伝』の複数の写本や諸本の間で生じている違いを19回(壱・弍・参・四・五・六・七・八・九・十・十一・十二・十三・十四・十五・十六・十七・十八・十九)に分けて提示しています。
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第63段落)
🔹 該当段落(中華書局本・基準本文)
汝其綏撫種人,勉為孝順。
🧾 異文一覧(第63段落)【段落逐次方式】
《注209》【紹熙本】
「種人」→「諸人」
• 分類:🅐 字形差・表記差
• 解説:「種」と「諸」は形が似ており、誤写されやすい。意味も「人々」として通じるが、「種人」は民族・部族的な集団を指すため、ニュアンスに差がある。
《注210》【百衲本】
「綏撫」→「安撫」
• 分類:🅓 語句置換(同義近似)
• 解説:どちらも民心を安んじる意だが、「綏撫」はより儀礼的・公式文書的な語感、「安撫」は平易で一般的な語。
《注211》【今本】
「勉為孝順」→「勉行孝順」
• 分類:🅓 語句置換(動詞)
• 解説:「為」は行為全般を指し、「行」は具体的な実践を示す。意味は近いが実務的ニュアンスが強まる。
📋 異文注記対応表(第63段落)
注209 | 種人 | 諸人 | 紹熙本 | 🅐字形差 | 「種」は民族的ニュアンス、「諸」は一般的な人々。 |
注210 | 綏撫 | 安撫 | 百衲本 | 🅓語句置換 | 「綏撫」は儀礼的・公式文語、「安撫」は平易な表現。 |
注211 | 勉為孝順 | 勉行孝順 | 今本 | 🅓語句置換 | 「行」により実践的な意味が強調される。 |
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第64段落)
🔹 該当段落(中華書局本・基準本文)
汝來使難升米、牛利涉遠,道路勤勞,今以難升米為率善中郎將,牛利為率善校尉,假銀印青綬,引見勞賜遣還。
🧾 異文一覧(第64段落)【段落逐次方式】
《注212》【紹熙本】
「牛利」→「牛離」
• 分類:🅐 字形差
• 解説:「利」と「離」は形が似ており、人名での誤写例が多い。文脈から同一人物。
《注213》【百衲本】
「涉遠」→「涉於遠」
• 分類:🅓 語句増補
• 解説:「於」の追加により文がやや冗長になるが、意味は変わらない。古文での介詞補強の例。
《注214》【今本】
「假銀印青綬」→「賜銀印青綬」
• 分類:🅓 語句置換(動詞)
• 解説:「假」は仮授(委任的授与)、「賜」は下賜(直接授与)。外交文書における授与の性質が異なる。
📋 異文注記対応表(第64段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注212 | 牛利 | 牛離 | 紹熙本 | 🅐字形差 | 「利」と「離」の形の類似による誤写。 |
注213 | 涉遠 | 涉於遠 | 百衲本 | 🅓語句増補 | 介詞「於」を追加し冗長化。 |
注214 | 假銀印青綬 | 賜銀印青綬 | 今本 | 🅓語句置換 | 授与の性質が「仮授」から「下賜」に変化。 |
📘第2章 第6節:異文・比較注記(第65段落)
🔹該当段落(中華書局本・基準本文)
今以絳地交龍錦五匹、絳地織成錦十張、絳絹五十匹、紺青五十匹,答汝所獻貢直。
🧾 異文一覧(第65段落)【段落逐次方式】
《注215》【紹熙本】
「絳地交龍錦」→「絳地交龍錦各」
• 分類:🅓語句の増補(助字追加)
• 解説:「各」の挿入により、五匹それぞれを示す意味が強調される。数量の個別性を明確にする意図か。
《注216》【百衲本】
「絳地織成錦」→「絳地織成」
• 分類:🅓語句の省略(名詞脱落)
• 解説:「錦」が省かれ、織物一般を指す形に変化。具体的な素材指定が弱まる。
《注217》【今本】
「紺青五十匹」→「紺青布五十匹」
• 分類:🅓語句の増補(名詞追加)
• 解説:「布」を補うことで、紺青が染色布であることを明示。物品分類を明確化した改訂とみられる。
《注218》【紹熙本・百衲本】
「答汝所獻貢直」→「答汝所貢直」
• 分類:🅓語句の省略(動詞脱落)
• 解説:「獻」が省かれ、より簡潔な表現に。意味差は小さいが、公式文書としての格式感がやや減じられる。
📋 異文注記対応表(第65段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注215 | 絳地交龍錦 | 絳地交龍錦各 | 紹熙本 | 🅓語句の増補(助字追加) | 数量の個別性を強調する「各」の挿入。 |
注216 | 絳地織成錦 | 絳地織成 | 百衲本 | 🅓語句の省略(名詞脱落) | 織物種別の特定性が弱まり、抽象化。 |
注217 | 紺青五十匹 | 紺青布五十匹 | 今本 | 🅓語句の増補(名詞追加) | 紺青が染色布であることを明示。 |
注218 | 答汝所獻貢直 | 答汝所貢直 | 紹熙本・百衲本 | 🅓語句の省略(動詞脱落) | 簡潔化のため「獻」を省略。意味差は小さい。 |
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第66段落)
🔹該当段落(中華書局本・基準本文)
又特賜汝紺地句文錦三匹、細班華織成錦五張、白絹五十匹、金八兩、五尺刀二口、銅鏡百枚、真珠鉛丹各五十斤,
🧾 異文一覧(第66段落)【段落逐次方式】
《注219》【紹熙本】
「紺地句文錦」→「紺地鉤文錦」
• 分類:🅐字形の違い(句⇄鉤)
• 解説:「句文」は幾何文様の一種を指すとみられるが、「鉤文」は鉤形模様を示す可能性がある。視覚的イメージが異なる。
《注220》【百衲本】
「細班華織成錦」→「細斑花織成錦」
• 分類:🅐字形の違い(班⇄斑、華⇄花)
• 解説:「細班」は細かい斑模様、「細斑」は同義の字形異体。「華」と「花」は意義が近いが、前者は抽象的・華麗さ、後者は具象的・植物の花を想起させる。
《注221》【今本】
「白絹五十匹」→「白綾五十匹」
• 分類:🅔固有名詞(物品名)の置換
• 解説:「白絹」は生糸を精練した絹布、「白綾」は絹糸で織った綾織物。素材は共通だが、織法が異なり、質感や用途も変わる。
《注222》【紹熙本】
「五尺刀二口」→「五尺刀二」
• 分類:🅓語句の省略(量詞省略)
• 解説:「口」が省かれ、武器の数え方が簡略化。古文では武器類の数量詞を省く例もある。
📋 異文注記対応表(第66段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注219 | 紺地句文錦 | 紺地鉤文錦 | 紹熙本 | 🅐字形の違い | 模様の表記差異。「句文」は幾何文様、「鉤文」は鉤形模様を示す可能性。 |
注220 | 細班華織成錦 | 細斑花織成錦 | 百衲本 | 🅐字形の違い | 斑模様と花模様の字形異体。「華」と「花」で抽象性の差。 |
注221 | 白絹五十匹 | 白綾五十匹 | 今本 | 🅔固有名詞の置換 | 絹布から綾織物へ変更。質感や用途に差。 |
注222 | 五尺刀二口 | 五尺刀二 | 紹熙本 | 🅓語句の省略(量詞省略) | 武器類の数量詞を省き、簡潔化。 |
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第67段落)
🔹該当段落(中華書局本・基準本文)
皆裝封付難升米、牛利,還到錄受,悉可以示汝國中人,使知國家哀汝,故鄭重賜汝好物也。
🧾 異文一覧(第67段落)【段落逐次方式】
《注223》【紹熙本】
「裝封」→「莊封」
• 分類:🅐字形の違い(裝⇄莊)
• 解説:本来「裝封」は包んで封じる意。異体字「莊」は意味が異なり、誤写の可能性が高い。
《注224》【百衲本】
「難升米」→「難昇米」
• 分類:🅐字形の違い(升⇄昇)
• 解説:「升」は姓氏や単位の「升」で、固有名詞として用いられる。「昇」は上がる意で、誤用の可能性があるが、音は同じ。
《注225》【今本】
「牛利」→「牛吏」
• 分類:🅐字形の違い(利⇄吏)
• 解説:「牛利」は倭人の人名(あるいは役職名)とみられるが、「牛吏」とすると役職名的なニュアンスが強まる。
《注226》【紹熙本】
「悉可以示」→「悉可示」
• 分類:🅓語句の省略(動詞省略)
• 解説:「以」が省かれ、語が簡潔化。意味差はほぼないが、文の流れがやや直截になる。
📋 異文注記対応表(第67段落)
番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注223 | 裝封 | 莊封 | 紹熙本 | 🅐字形の違い | 「裝封」(包んで封じる)を「莊封」と誤写した可能性。 |
注224 | 難升米 | 難昇米 | 百衲本 | 🅐字形の違い | 固有名詞の「升」を「昇」と誤記。音は同じだが意味が異なる。 |
注225 | 牛利 | 牛吏 | 今本 | 🅐字形の違い | 人名を役職名風に変化させた可能性。 |
注226 | 悉可以示 | 悉可示 | 紹熙本 | 🅓語句の省略 | 「以」が省略され簡潔化。意味差は小さい。 |
注:本章における原文は、OpenAI o3 が公開ドメインの旧刻本(無標点)を参照しつつ、中華書局点校本の慣用句読を統計的に再現した「再現テキスト」です。校訂精度は保証されません。引用・転載の際は必ず一次資料で照合してください。
次回は、第68段落から第73段落までの複数の写本や諸本の間で生じている違いを提示します。
(本文ここまで)
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