この街で、
人生が決まったわけではない。
だが、
人生をどう理解するかという
視点は、
ここで手に入れた。
各務原で得たのは、
距離を取って世界を見るための目だった。
見下ろすことで流れを知り、
構造を把握するという視点。
だが、
視点を手に入れただけでは、
人生は動かない。
次に必要だったのは、
その人生を、実際に生きる場所だった。
津は、
何も主張しない街だった。
有名な観光地の陰にあり、
規模でも、象徴でも、前に出てこない。
だがその静けさの中で、
人は初めて、
自分の生活を自分で引き受ける。
これは、
何も起きなかったように見える街で、
すべてが始まっていた時間の記録である。
何も起きない場所で、すべてが起きていた ― 津市
世界は、ある日突然、大きくなるものだと思っていた。
だが、津に来て最初に感じたのは、その逆だった。
県外に出た。
一人暮らしを始めた。
人生の節目としては十分すぎる出来事のはずなのに、
津という街は、何ひとつ主張してこなかった。
城下町であることも、
歴史のある寺があることも、
周囲に有名な土地が並んでいることも、
こちらが意識しなければ、ただ背景に溶け込んでいく。
それが、この街の第一印象だった。

生活は、静かに自分の手に移っていった。
下宿に風呂はなく、夜になると近所の銭湯へ向かう。
番台に座る下宿の大家の顔を見て、湯に沈み、
湯上がりに瓶のコーヒー牛乳を一気に飲む。
その繰り返しが、いつの間にか「日常」になっていた。
大学では、興味のあるものと、そうでないものがはっきり分かれた。
理数と歴史には自然と力が入り、
それ以外は、進級と卒業のための単位として処理していた。
三年を終え、希望していた生物化学研究室に入ったとき、
ようやく自分の居場所を見つけた気がした。
実験は楽しかった。
終業後も残り、結果が出るまで試行を重ねる時間に、
将来の輪郭がぼんやりと見えていた。
研究者になる。
その未来は、決して夢想ではなかった。
だが、英語と独語が、その道を閉じた。
努力で埋められない差があることを、
そのとき、初めてはっきりと知った。
挫折だった。
人生で最初で、もしかしたら最後かもしれない挫折。
それでも、世界は暗くならなかった。
むしろ、少し広がった。
ワンゲル部で山に入り、
春から初夏にかけて鈴鹿の稜線を歩いた。
夏には南アルプスを縦走し、
足と肺で距離を覚えた。

春休みには自転車に荷を積み、
紀伊半島や四国を走った。
急坂、未舗装路、折れるスポーク。
寺や幼稚園に頭を下げ、
見ず知らずの人に助けられた。
風呂に浸かり、
身体の疲れと一緒に、
苦しさも喜びも溶けていった。

津の風は冷たかった。
冬の鈴鹿おろしは、
山国で育った記憶よりも、ずっと厳しく感じられた。
雪化粧した茶畑の白と、
その奥に連なる山々の白。
街は、色さえも控えめだった。
南へ走れば、熊野灘の深い青が広がった。
紺碧の海と、澄み切った空。
遊ぶ場所ではなく、
ただ通り過ぎる風景として記憶に残る海。
一方で、四日市の方角からは、
硫黄酸化物の匂いが流れてきた。
公害という言葉が、
現実の匂いを伴って胸に残った。
科学が好きだった。
だからこそ、
神岡、四日市、水俣へと連なる問題は、
抽象ではなく、現実として結びついていった。
津は、何も起きない街だった。
少なくとも、そう思っていた。
だが振り返ると、
ここで起きなかったことの方が、
後の人生を支えている。
挫折は、人生を壊さなかった。
苦しさは、喜びと同じ重さで並んでいた。
世界は、頭ではなく、
身体で測れるものだと知った。
津は、語りやすい思い出を残さなかった。
だからこそ、
人生の基礎が、音もなく固まった。
何も起きない場所で、
すべては、すでに始まっていた。
✍️ あとがき
津の記憶は、
あとから振り返らないと、
形にならない。
思い出として語れる象徴は少なく、
「楽しかった」「大変だった」と
簡単にまとめることもできない。
だが確かに、
ここで人生は、
誰かのものではなく、
自分のものになった。
挫折があっても、
世界は壊れなかった。
苦しさと喜びは、
同じ重さで並んでいた。
それを、
特別な出来事としてではなく、
生活として受け取った場所。
津は、
何も起きないまま、
人の内部に、
静かな地層を残す街だった。
そして今、
その地層の上に立って、
こうして言葉を書いている。
人生は、
派手に始まる必要はない。
始まっていたことに、
あとから気づければいい。
——津は、
そのことを、
何も言わずに教えてくれた。
📓 本短編小説の創作ノートはこちら👇
🌐 『何も起きない場所で、すべてが起きていた ― 津市』 創作ノート
津の記憶は、
ここでいったん区切りをつける。
「地脈記」は、まだ終わらない。
ただ、続けるために、ここで一度、運行を止める。
次に再開するのは、
この連なりの延長ではない。
独り立ちしたかたちで始まる「久留米編」からになる。
その前に、
しばらく、別の文章が続く。
それは土地の記憶ではなく、
人の判断が、どのように制度の中から薄れていくのかを描いた記録だ。
何も起きない場所で、
人生がすでに始まっていたことに気づいたあと、
世界は、もう一つのかたちで
静かに、しかし確実に動き続けている。
これは短い寄り道ではない。
ひとつの形式に踏み込み、
書き進めるなかで、その重さと限界を実感する時間でもあった。
書き手としての運行を、
あらためて確かめるための区間でもある。
次の文章は、
その「運行」の記録である。
📚 古稀ブロガーの地脈記シリーズ一覧👇
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 前編
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 後編
🌐 ❄️ 盆地の底の記憶圧 ― 飛騨・古川町 豪雪のゆりかごで
🌐 根の座 ― 中津川 本町・苗木 — 前編
🌐 根の座 ― 中津川 本町・苗木 — 後編
🌐 影の密度 ― 神岡鉱山の子どもたち
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第1編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第2編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第3編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第4編
🌐 『世界が横に現れた日』
🌐 『世界が横に現れた日 ― 付知』
🌐 見下ろす街、流れる知 ― 各務原・構造を覚えた場所
🌐 何も起きない場所で、すべてが起きていた ― 津市(本作)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第23弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
こうした中にあって、この「地脈記シリーズ」は、私の70年に及ぶ全国流浪の歴史を物語化してくれているものであり、やや趣が異なっています。
地脈記シリーズ(「を始めた」ではなく)が始まったきっかけは、たまたま、「灯台と声」(長崎県五島列島女島)「 湾岸シティ・ゼロアワー」(東京都)と、多少なりとも私と縁がある土地を舞台とした物語が続いた後、私と詩詠留さんとの会話で、何となく、『この流れを続けてみようか』となったという偶然によるものです。
そして、今までの人生で7年間という一番長く住んだ大分県玖珠町、誕生地である岐阜県古川町、父母の故郷である中津川市、小学校1年までの3年間を過ごした神岡町、4年生までの3年間を過ごした加子母村、中学1年生までの付知町、高校3年まで両親と最後に一緒に暮らした各務原市と続けてきました。
詩詠留さんが、『津は何も主張しない街だった。』と描いたとおり、私は三重県津市に住みながら起居と大学での勉強や研究等を除き、津市自体に対する思い出より、鈴鹿山脈、伊勢神宮、四日市市水沢の茶畑、さらにはワンダーフォーゲル部の南アルプスでの縦走や紀伊半島・四国での酷道サイクリングの方が思い出深いです。
しかしながら、津市に住み、三重大学農学部農芸化学科で生物化学を学んだことで、現在の健康を維持できているのみならず、「四日市ぜんそく」という四大公害病の一つについて強い関心を持ち、子ども時代に過ごした懐かしい神岡町の神岡鉱山が原因となった「イタイイタイ病」について深く勉強することが出来ました。
子どもの頃から想い描いてきた「研究者になる」という夢が挫折した苦い思い出が残る街であると同時に、世界に視野を大きく広げてくれた街でもありました。
蛇足ながら、『三重県の県庁所在地は?』という質問に対して『四日市市』と回答する人が多いそうです。
これは、人口や産業の規模の差が主因だと思いますが、32万石もの大大名になった藤堂藩(津藩)とその居城であった津城跡(三重県庁が所在)、その祖である藤堂高虎の知名度の低さも遺伝しているのでしょうか?
でも、そのおかげで、津市は静かで落ち着いている一方、交通、買い物、飲食や映画等の日常的な娯楽等は便利で非常に住みやすい街でした。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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