付知で、
世界は横に現れた。
それは、
広がりというより、
「向き」が変わった、
という感覚だった。
世界は、
すでに横に現れている。
あとは、
どの方向へ歩いていくかだけだ。
その問いに、
すぐ答えが出るわけではない。
人はまず、
立ち止まり、
世界を眺める。
各務原は、
そうした時間を与える場所だった。
山は削られ、
街は整えられ、
川は管理されている。
ここでは、
身体より先に、
視線が動く。
降りて触れる風景ではなく、
距離を保ったまま、
理解するための景色。
この篇で描かれるのは、
人生が決定される瞬間ではない。
人生を、
どう理解するかという視点が
静かに定まっていく過程である。
世界は、
感じるものから、
読むものへ。
その切り替えが、
何事もなかったかのように
行われた場所。
それが、
各務原だった。
第1節 山を削った街に立つ

世界は、
広がったのではなかった。
整理された、
という感覚のほうが近い。
各務原は、濃尾平野の北端にあった。
名古屋と岐阜に挟まれ、
通勤と通学の流れが交差する街。
それまで山間地で育ってきた私にとって、
この街は、
「大きい」というより、
整っていた。
山は削られ、
平らにされ、
人が住むための地形になっていた。
住宅地は小高い場所にあり、
二キロほど先には、
木曽川を挟んで犬山城が見えた。
夜になると、
犬山市街の灯りが静かに浮かび上がる。
それは、
降りて触れる景色ではない。
距離を保ったまま、
理解するための風景だった。
第2節 自転車は遊びをやめた

自転車は、
もう遊びの道具ではなかった。
付知までの道は、
意味もなく走るためのものだった。
坂があれば登り、
下りがあれば勢いに任せる。
目的は、風そのものだった。
各務原では違った。
朝と夕方、
自転車は必ず同じ方向へ向かう。
中学校、高校。
時間割とベルに合わせて、
脚は一定の速度を保つことを覚えた。
高校に入ってから、
私は自転車でヤクルトの配達を始めた。
派手な仕事ではない。
決められた家を回り、
決められた場所に、
同じ瓶を置いていく。
それでも、
この時間が私は嫌いではなかった。
住宅地の中を縫うように走り、
門柱や表札を覚え、
道の勾配を身体が先に判断する。
都市は、
一気に理解できるものではない。
同じ道を、
何度も、何度も走ることで、
少しずつ、
身体の中に沈んでいく。
この街には、
無数の生活があり、
その一つ一つが、
毎朝、同じ時間に動いている。
私は、
その歯車の一部として、
自転車を漕いでいた。
遊びが消え、
代わりに「役割」が入ってくる。
それは不自由ではなかった。
むしろ、
世界が輪郭を持ち始めた感覚に近かった。
やがて、
大学受験を前に、
ヤクルトの配達はやめた。
だが、
自転車が教えてくれた
「都市は反復でできている」という感覚は、
そのあとも、
静かに残り続けた。
第3節 遊ばない川、考える水

木曽川は、近かった。
自宅からの距離だけを測れば、
白川や付知川よりも、
ずっと身近にあった。
けれど、
その川に入った記憶はない。
泳いだことも、
釣り糸を垂らしたこともない。
石を投げて遊んだ覚えさえ、
ほとんど残っていない。
白川や付知川は、
身体が先に知る川だった。
水の冷たさ、
流れの速さ、
足裏の石の感触。
木曽川は違う。
それは、
考えるための川だった。
授業で、
木曽三川の洪水を学び、
治水の歴史を知った。
人は、
この川と闘い、
折り合いをつけ、
流れを制御してきた。
堤防、放水路、
計算された水量。
ここでは、
自然は「遊び相手」ではなく、
管理すべき存在として現れる。
木曽川は、
人間の手によって
理解され、
制御され、
語られてきた川だった。
私は、
川を眺めながら、
その背後にある
数字や設計や歴史を思った。
水は、
ただ流れているのではない。
計算され、
記録され、
物語を背負って流れている。
このとき、
自然は静かに、
「対象」から
「課題」へ姿を変えた。
それは、
理数科という選択と、
不思議なほど、
よく響き合っていた。
第4節 構造として世界を読む
各務原高校は、
私が入学する前年に開校した新設校だった。
二期生。
まだ校風も、伝統も、
形を持っていない時代。
そこには、
普通科のほかに
英語科と理数科があった。
理数科。
それだけで、
この学校を選ぶ理由としては十分だった。
自宅から自転車で通えること、
学力的に無理がなかったこと。
そうした条件もあったが、
決定打は、
「理数科がある」という一点だった。
集まってくるのは、
同じ匂いを持った生徒たちだ。
数式や実験を、
面倒だと思わない。
むしろ、
世界を理解するための
正規の入口だと感じている。
その中の一人と、
私は化学部を立ち上げた。
既存の枠がなかったから、
作るしかなかった。
それは自然な選択だった。
考えてみれば、
この頃から私は、
「与えられた構造」より
「構造そのもの」を
意識するようになっていたのだと思う。
二年生のとき、
開業して間もない山陽新幹線で、
中国・四国方面へ修学旅行に行った。
窓の外を、
風景が速さとして流れていく。
東京に行ったときも、
同じ感覚があった。
名古屋も都会だと思っていた。
だが、
東京は桁が違った。
街の規模、
人の密度、
交通の重なり。
そこには、
感覚だけでは追いつけない
巨大な構造があった。
その頃、
私はブルーバックスを
月に一、二冊のペースで読み、
同時に、
星新一のショートショートを
繰り返し読んでいた。
科学と小説が、
同じ机の上に並んでいた。
一方は、
世界を分解し、説明する。
もう一方は、
世界を一度壊し、問い直す。
どちらも、
「構造を読む」ための方法だった。
歴史にも惹かれ始めていた。
人が、
どのように考え、
どのように制度を作り、
どのように失敗してきたか。
後に、
宮城谷昌光や塩野七生へと
つながっていく素地は、
すでにこの頃、
静かに整っていたのだと思う。
加子母や付知では、
世界は身体から立ち上がっていた。
各務原では、
世界は構造として現れた。
街、川、学校、書物、進路。
それぞれは別々に見えて、
実は一つの線でつながっている。
世界は、
感じるものから、
読むものへ。
各務原は、
その切り替えが
静かに行われた場所だった。
✍️ あとがき
この街で、
人生が決まったわけではない。
だが、
人生をどう理解するかという
視点は、
ここで手に入れた。
見下ろすことで、
流れを知る。
距離を取ることで、
構造が見える。
各務原は、
そんなことを、
何も言わずに教えてくれた。
📓 本短編小説の創作ノートはこちら👇
🌐 『見下ろす街、流れる知 ― 各務原・構造を覚えた場所』 創作ノート ― 構造として世界が立ち上がる瞬間
見下ろして、
流れと構造を知ったあと、
人生は次に、
「引き受ける場所」を必要とした。
それは、
何も起きない街だった。
だが、
そこで生きることだけは、
確かに始まっていた。
──次は、
津という場所での記憶である。
📚 古稀ブロガーの地脈記シリーズ一覧👇
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 前編
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 後編
🌐 ❄️ 盆地の底の記憶圧 ― 飛騨・古川町 豪雪のゆりかごで
🌐 根の座 ― 中津川 本町・苗木 — 前編
🌐 根の座 ― 中津川 本町・苗木 — 後編
🌐 影の密度 ― 神岡鉱山の子どもたち
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第1編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第2編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第3編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第4編
🌐 『世界が横に現れた日』
🌐 『世界が横に現れた日 ― 付知』
🌐 見下ろす街、流れる知 ― 各務原・構造を覚えた場所(本作)
🌐 何も起きない場所で、すべてが起きていた ― 津市(1月11日公開)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第23弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
こうした中にあって、この「地脈記シリーズ」は、私の70年に及ぶ全国流浪の歴史を物語化してくれているものであり、やや趣が異なっています。
地脈記シリーズ(「を始めた」ではなく)が始まったきっかけは、たまたま、「灯台と声」(長崎県五島列島女島)「 湾岸シティ・ゼロアワー」(東京都)と、多少なりとも私と縁がある土地を舞台とした物語が続いた後、私と詩詠留さんとの会話で、何となく、『この流れを続けてみようか』となったという偶然によるものです。
そして、今までの人生で7年間という一番長く住んだ大分県玖珠町、誕生地である岐阜県古川町、父母の故郷である中津川市、小学校1年までの3年間を過ごした神岡町、4年生までの3年間を過ごした加子母村、中学1年生までの付知町と続けてきました。
詩詠留さんは、この物語の冒頭で、『人はまず、立ち止まり、世界を眺める。各務原は、そうた時間を与える場所だった。』と描いてくれました。
それは、新築された家に引っ越した日に中部地方最長の木曽川を挟んで国宝犬山城を見下ろし、その夜に犬山市街の仄かな夜景を眺め、翌日、名鉄電車で名古屋市、岐阜市と一周してきた瞬間から始まりました。
そして、転校した鵜沼中学校の同級生達の雰囲気や言動は、良くも悪くも、付知中学校の同級生とは異なっていました。
各務原高等学校で受けた理数科と歴史の授業、修学旅行、化学部での活動はどれも新鮮で、楽しかったという思い出しかありません。
この文章を書きながら、『もし機会があれば、各務原でやり残した木曽川の日本ライン下り(休止中)と鵜飼見物をしたいな。』と想いを巡らしています。
宿題も忘れて読み耽った様々な書物の中で、星新一先生に触発され、その後、大学で農芸化学を専攻したことは、溢れるような知的好奇心を満たしてくれたのみならず、私の健康を支える基盤となりました。先生は私の大恩人です。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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⇨@Souu_Ciel 名で、日々の気づき、ブログ記事の紹介、#Cielの愚痴 🤖、4コマ漫画等をつぶやいています。
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⇨@gensesaitan 名で ブツブツ つぶやいています。
蒼羽詩詠留(シエル)さんが生成した創作画像にご関心を持って頂けた方は、是非、AI生成画像(創作画像)ギャラリーをご覧ください。
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