前回のヨウ素( I )の摂取基準と摂取量等に引き続き、今回は「日本人の食事摂取基準(2020年版)」におけるセレン(Se)の摂取基準と摂取量等について書きます。
Ⅱ各 論 1エネルギー・栄養素 1-7 ミネラル(2)微量ミネラル ⑥セレン(Se)
1 基本的事項
1-1 定義と分類
セレン(selenium)は原子番号34、元素記号Seの第16族元素の一つである。
1-2 機能
セレンは、セレノシステイン残基を有するたんぱく質(セレノプロテイン)として生理機能を発現し、抗酸化システムや甲状腺ホルモン代謝において重要である。ゲノム解析の結果、ヒトには25種類のセレノプロテインの存在が明らかにされている。代表的なものに、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPX)、ヨードチロニン脱ヨウ素酵素、セレノプロテインP、チオレドキシンレダクターゼなどがある。
セレン欠乏症は、心筋障害を起こす克山病(Keshan disease)、カシン・ベック病(Kashin-Beck disease)などに関与している。また、完全静脈栄養中に、血漿セレン濃度の著しい低下(9 µg/L)、下肢筋肉痛、皮膚の乾燥・薄片状などを生じた症例、心筋障害を起こして死亡した症例などが報告され、セレン欠乏症と判断された。類似症例は、我が国でも報告されている。
1-3 消化、吸収、代謝
食品中のセレンの多くは、セレノメチオニン、セレノシステインなどの含セレンアミノ酸の形態で存在する。遊離の含セレンアミノ酸は約90%が吸収されることが示されており、食事中セレンも同程度に吸収されると考えられる。尿中セレン濃度がセレン摂取量と強く相関することから、セレンの恒常性は吸収ではなく、尿中排泄によって維持されると考えられる。
血漿/血清セレン濃度もセレン摂取量と強く相関する。世界13地域のセレン摂取量と血清セレン濃度の一覧を用いると、セレン摂取量(µg/日:Y)と血清セレン濃度(µg/L:X)との間には、一定の範囲で回帰式〔Y=0.672X+2(相関係数=0.91)〕が得られる。したがって、個人又は集団の平均的なセレン摂取量を血漿/血清セレン濃度から推定することができる。
2 指標設定の基本的な考え方
セレノプロテイン類の合成量は、セレン摂取量に依存して変化し、セレン摂取量が一定量を超えると飽和する。このため、2001年に公表されたアメリカ・カナダの食事摂取基準はセレノプロテインとして血漿GPX、2010年代に公表された各国の食事摂取基準はセレノプロテインとして血漿セレノプロテインPを選択し、これらの飽和に必要な摂取量を基にセレンの推定平均必要量と推奨量を策定している。一方、WHOは、血漿GPX 活性値が飽和値の2/3の値であればセレン欠乏症と考えられる克山病が予防できることから、血漿GPX活性の飽和値の2/3の値を与えるセレン摂取量をセレンの必要量としている。セレン摂取量が少なく、住民の血漿や赤血球のグルタチオンペルオキシダーゼ活性値が未飽和の地域は幾つか存在するが、それらの地域にセレン欠乏症は出現していない。したがって、セレン欠乏症予防の観点からは、必要量は、WHO の言う血漿グルタチオンペルオキシダーゼ活性値が飽和値の2/3となるときのセレン摂取量で十分と考えられる。以上より、WHOの考え方に従い、克山病のような欠乏症の予防の観点から推定平均必要量及び推奨量を策定した。
3 健康の保持・増進
3-1 欠乏の回避
3-1-1 推定平均必要量、推奨量の策定方法
・成人(推定平均必要量、推奨量)
WHO は、中国のデータに基づいて、血漿グルタチオンペルオキシダーゼ活性値とセレン摂取量との間に回帰式(Y=2.19X+13.8)を作成した。ここで、Yは血漿グルタチオンペルオキシダーゼ活性値の飽和値を100としたときの相対値、Xはセレン摂取量(µg/日)である。
この式より、Y=66.7、すなわち活性値が飽和値の2/3となるときのセレン摂取量は、24.2 µg/日〔(66.7-13.8)/2.19〕となる。この値を参照値と考え、性別及び年齢区分ごとの推定平均必要量を、中国の対象者の平均体重を60kgと推定し、体重比の0.75乗を用いて外挿した。
推奨量は、個人間の変動係数を10%と見積もり、推定平均必要量に推奨量算定係数1.2を乗じた値とした。
・小児(推定平均必要量、推奨量)
(略)
・妊婦・授乳婦の付加量(推定平均必要量、推奨量)
(略)
3-1-2 目安量の策定方法
・乳児(目安量)
(略)
3-2 過剰摂取の回避
3-2-1 摂取状況
セレン含有量の高い食品は魚介類であり、植物性食品と畜産物のセレン含有量は、それぞれ土壌と飼料中のセレン含有量に依存して変動する。日本人は魚介類の摂取が多く、かつセレン含量の高い北米産の小麦と家畜飼料に由来する小麦製品や畜肉類を消費しているため、成人のセレンの摂取量は平均で約100µg/日に達すると推定されている。セレンの場合、我が国の通常の食生活において過剰摂取が生じる可能性は低いが、サプリメントの不適切な利用に伴って過剰摂取の生じる可能性がある。
3-2-2 耐容上限量の策定方法
・成人・高齢者(耐容上限量)
慢性セレン中毒で最も高頻度の症状は、毛髪と爪の脆弱化・脱落である。その他の症状には、胃腸障害、皮疹、呼気にんにく臭、神経系異常がある。誤飲や自殺目的でグラム単位のセレンを摂取した場合の急性中毒症状は、重症の胃腸障害、神経障害、呼吸不全症候群、心筋梗塞、腎不全などである 。
食品のセレン濃度が高い中国湖北省恩施地域において、脱毛や爪の形態変化を伴うセレン中毒が認められた。5人の中毒患者(平均体重60kg)の中で最も少ないセレン摂取量は、血中セレン濃度から913µg/日と推定された。その後の再調査では、5人全員がセレン中毒から回復しており、血中セレン濃度から推定されたセレン摂取量は800µg/日だった。この結果から、毛髪と爪の脆弱化・脱落を指標にした場合、最低健康障害発現量は913µg/日(15.2µg/kg 体重/日)、健康障害非発現量は800µg/日(13.3µg/kg体重/日)と理解できる。アメリカのワイオミング州と南ダコタ州の牧場において、家畜にセレン過剰症が出現したが、住民にセレン中毒症状は認められなかった。対象者142人のセレン摂取量は最大で724µg/日だった。このことは、毛髪と爪の脆弱化・脱落を慢性セレン中毒の指標とした場合のセレンの健康障害非発現量(800µg/日)が妥当であることを示している。
以上より、成人及び高齢者の耐容上限量は、最低健康障害非発現量(800/60=13.3µg/kg体重/日)に不確実性因子2を適用した6.7µg/kg体重/日を参照値とし、これに性別及び年齢区分ごとの参照体重を乗じて設定した。
・小児(耐容上限量)
(略)
・乳児(耐容上限量)
(略)
・妊婦・授乳婦(耐容上限量)
(略)
3-3 生活習慣病の発症予防
セレンと心血管系疾患に関するコホート研究と介入研究をまとめたメタ・アナリシスは、コホート研究において対象者全体の平均血清セレン濃度が106µg/L 未満の場合、血清セレン濃度の高い群において心血管系疾患発症リスクが低下するが、対象者全体の平均血清セレン濃度が106µg/L 以上の場合のコホート研究、及びセレンサプリメント(投与量の中央値200µg/日)を投与する介入研究においては、セレンと心血管系疾患発症との間の関連を認めないとしている。また、セレンと高血圧症に関する疫学的観察研究をまとめた論文は、セレン状態と高血圧症との間に関連はないと結論している。他方、アメリカとイギリスでの大規模な横断研究は、血清のセレン濃度と脂質成分値(コレステロールと中性脂肪)の関連が U 字型であることを示している。
以上のことは、セレン摂取が少なく、セレノプロテイン類の合成が飽和していない集団においては、セレン状態が低い場合に心血管疾患や脂質異常症の発症リスクが高まるが、セレノプロテイン合成が飽和している場合には、セレン状態とこれらの疾患との間に関連がないことを示している。
中国のセレン欠乏症が発生している地域の健康な住民(平均体重58kg)に、0〜125µg/日のセレンをセレノメチオニンとして投与した研究では、セレン投与量が35µg/日以上で血漿セレノプロテインP量が飽和している。この研究での対象者の平均セレン摂取量が14µg/日であったことから、セレン摂取量が49µg/日以上で血漿セレノプロテイン量が飽和するといえる。以上より、セレン摂取量が約50µg/日未満の場合に、生活習慣病の発症リスクが高まる可能性はあるが、定量的な情報が不十分であるため、生活習慣病の発症予防のための目標量(下限値)の設定は見送った。
一方、皮膚がん既往者に200µg/日のセレンサプリメントを平均4.5年間投与したアメリカの介入研究において、対象者を血清セレン濃度に基づいて3群に分けて検討すると、セレン濃度が最も高い(121.6 µg/L 以上)群において2型糖尿病発症率の有意な増加が認められている。観察研究においても、血清セレン濃度の上昇が糖尿病発症リスクの増加に関連することが認められている。さらに、13の観察研究と五つの介入研究をレビューしたメタ・アナリシスは、セレン摂取量又は血清セレン濃度が低いほど糖尿病発症リスクが直線的に減少することを示している。定量的情報が不十分であるため、生活習慣病の発症予防のための目標量(上限値)の設定はできないが、サプリメントを摂取してセレン摂取量を意図的に高めることは、糖尿病発症リスクを高める可能性があるので控えるべきである。
4 生活習慣病の重症化予防
セレン摂取と生活習慣病重症化の関連を直接検討した報告はない。したがって、生活習慣病重症
化予防のための量は設定しなかった。
5 活用に当たっての留意事項
日本人は平均的に見て十分なセレン摂取が達成できているため、エネルギー産生栄養素バランスのとれた献立であれば、セレン摂取は適切な範囲に保たれていると考えられる。
6 今後の課題
糖尿病発症リスクとセレン摂取の関連について、日本人を対象とした疫学研究が必要である。
セレン(Se)の食事摂取基準及び私の摂取量と摂取源としている主な食品
セレンの食事摂取基準(μg/日)

セレン(Se)の摂取量
私は、生命と健康長寿に必要な栄養素や機能性成分を出来るだけ多く含み、かつ、命と健康に悪い成分が出来るだけ少ない多様な食品をバランス良く食べるよう心がけています。
そして、活用に当たっての留意事項において「日本人は平均的に見て十分なセレン摂取が達成できているため、エネルギー産生栄養素バランスのとれた献立であれば、セレン摂取は適切な範囲に保たれていると考えられる。」とされていますが、私の場合も、多様でバランスのとれた食品の中の鶏卵、縮緬雑魚(しらす干し)、鮭、鯖缶、鰯缶からだけで、推奨量30μg/日を15μg/日上回る45μg/日のセレンを摂取し、また、耐容上限量に達する恐れも全く無いので、詳細な摂取量を把握することは不要であり計算していません。
まとめ(推奨量を満たすセレンの摂取)
摂取状況において、「セレン含有量の高い食品は魚介類であり、植物性食品と畜産物のセレン含有量は、それぞれ土壌と飼料中のセレン含有量に依存して変動する。日本人は魚介類の摂取が多く、かつセレン含量の高い北米産の小麦と家畜飼料に由来する小麦製品や畜肉類を消費しているため、成人のセレンの摂取量は平均で約100µg/日に達すると推定されている。」とされていますが、逆に言えば、多少なりとも意識してこうした食品を摂取しないとセレンが不足する可能性も考える必要があるということだと思います。
次回は、クロム(Cr)の摂取基準と摂取量等について書きます。
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今回は、セレンを豊富に含む鶏卵と魚類をイメージした画像を作成してもらいました。
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