前回の『その2 厚生労働大臣が定めている「日本人の食事摂取基準」(2020年版)の概要等について』において、『「日本人の食事摂取基準(以下「摂取基準」とします。)」は(実態的に)栄養士等の専門家向けに作成されているため、栄養学を学んでいない人にとっては難解な内容となっているかと思います。』と書きました。
摂取基準を分かり難くしている最大の原因は、「エネルギーと栄養素の摂取の指標(基準)」が複雑になっているからだと思います。
そのため、摂取基準を適切に適用するためには、先ず、「I 総 論1─3 指標の目的と種類」をよく理解することが絶対に必要だと思います。
以下、私なりに理解している「エネルギーと栄養素の摂取の指標」のポイントについて書きます。
エネルギーの指標
エネルギーの指標について次のとおり記載されています。
エネルギーについては、エネルギー摂取の過不足の回避を目的とする指標を設定する。 エネルギーについては、エネルギーの摂取量及び消費量のバランス(エネルギー収支バランス)の維持を示す指標として、BMIを用いた。このため、成人における観察疫学研究において報告された総死亡率が最も低かった BMI の範囲、日本人のBMIの実態などを総合的に検証し、目標とするBMIの範囲を提示した。なお、BMIは、健康の保持・増進、生活習慣病の発症予防、さらには、加齢によるフレイルを回避するための要素の一つとして扱うことに留めるべきである。 |
摂取基準の内容で、最も理解が難しく、誤解し易いのは「エネルギーの指標」だと思います。
私が下手に要約等すると返って誤解を生じかねないので、「II 各 論1─1 エネルギー」の末尾に記載されている〈概要〉をそのまま転載します。
・エネルギーの摂取量及び消費量のバランス(エネルギー収支バランス)の維持を示す指標として BMI及び体重の変化を用いる。 ・ BMIについては目標とする範囲を定めた。これは、死因を問わない死亡率(総死亡率)が最低になる BMI をもって最も健康的であるとする考えに基づき、日本人のBMIの実態、 生活習慣病の発症予防等(高齢者においてはフレイルの発症予防を含む)を総合的に判断して設定した。ただし、BMI は健康の保持・増進、生活習慣病の予防の要素の一つとして扱うことに留めるべきである。 ・エネルギー必要量は重要な概念である。しかし、無視できない個人間差が存在し、そのた め、性・年齢区分・身体活動レベル別に単一の値として示すのは困難である。そこで、エネ ルギー必要量については、基本的事項、測定方法及び推定方法を記述し、推定エネルギー必要量を参考表として示した。 |
重要なポイントは、エネルギーの指標は「BMIの変化」であり、自身のBMIがその指標の範囲内となるようにエネルギーを摂取するということだと理解しています。
そして、摂取基準に掲載されている「推定エネルギー必要量」の表(「体重当たりの推定エネルギー必要量」と「推定エネルギー必要量(kcal/日)」)は、そのための参考に過ぎず、その表通りのエネルギーを摂取して、BMIと体重が指標の範囲をはみ出した場合は、エネルギーの摂取量を調整するようにということだと理解しています。
栄養素の指標
摂取基準には、
「栄養素の指標は、三つの目的からなる五つの指標で構成する。
具体的には、
摂取不足の回避を目的とする3種類の指標、
過剰摂取による健康障害の回避を目的とする指標及び
生活習慣病の発症予防を目的とする指標
から構成する。」
と書かれています。
そして、
摂取不足の回避を目的とする指標は「推定平均必要量」「推奨量」「目安量」の3つ、
過剰摂取による健康障害の回避を目的とする指標は「耐用上限量」、
生活習慣病の予防を目的とする指標は「目標量」
となっています。
摂取不足の回避を目的とする 3 種類の指標
推定平均必要量(estimated average requirement:EAR)
推定平均必要量は次のとおり定義されています。
ある対象集団において測定された必要量の分布に基づき、母集団(例えば65〜74歳の男性)における必要量の平均値の推定値を示すものとして定義する。つまり、当該集団に属する50%の者が必要量を満たす(同時に、50%の者が必要量を満たさない)と推定される摂取量として定義される。推定平均必要量は、摂取不足の回避が目的だが、ここでいう「不足」とは、必ずしも古典的な欠乏症が生じることだけを意味するものではなく、その定義は栄養素によって異なる。 |
重要なポイントは、該当する母集団に属する100人が、ある栄養素について、「推定平均必要量」を摂取していても、半数の50人は必要量を満たすが残りの50人は必要量を満たさないと推定されるということだと理解しています。
また、推定平均必要量の「活用上の留意点」として、次のように書かれています。
推定平均必要量は、個人では不足の確率が 50% であり、集団では半数の対象者で不足が生じる と推定される摂取量であることから、この値を下回って摂取することや、この値を下回っている対象者が多くいる場合は問題が大きいと考える。しかし、その問題の大きさの程度は栄養素によって異なる。具体的には問題の大きさは、おおむね次の順序となる。 ・ a 集団内の半数の者に不足又は欠乏の症状が現れ得る摂取量をもって推定平均必要量とした栄 養素:問題が最も大きい。 ・ b 集団内の半数の者で体内量が維持される摂取量をもって推定平均必要量とした栄養素:問題 が次に大きい。 ・ c 集団内の半数の者で体内量が飽和している摂取量をもって推定平均必要量とした栄養素:問題が次に大きい。 ・ x 上記以外の方法で推定平均必要量が定められた栄養素:問題が最も小さい。 |
重要なポイントは、推定平均必要量の栄養素を摂取した場合においては、その半数の者に不足又は欠乏の症状が現れ、その問題はa>b>c>xの順で大きいということです。
従って、問題の大きい栄養素ほど、推定平均必要量ではなく、推奨量付近かそれ以上を摂取することが必要になると理解しています。
aに該当する栄養素:ビタミンA、ナイアシン、ビタミンB12、葉酸、ナトリウム、ヨウ素、セレン
bに該当する栄養素:タンパク質、ビタミン B6、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、銅、モリブデン
cに該当する栄養素:ビタミン B1、ビタミン B2
xに該当する栄養素:ビタミンC
推奨量(adequate intake:AI)
推奨量は次のとおり定義されています。
ある対象集団において測定された必要量の分布に基づき、母集団に属するほとんどの者(97〜 98%)が充足している量として「推奨量」を定義する。 推奨量は、推定平均必要量が与えられる 栄養素に対して設定され、推定平均必要量を用いて算出される。推奨量は、実験等において観察された必要量の個人間変動の標準偏差を、母集団における必要量の個人間変動の標準偏差の推定値として用いることにより、理論的には、(推定必要量の平均値+2×推定必要量の標準偏差)として算出される。 しかし、実際には推定必要量の標準偏差が実験か ら正確に与えられることは稀である。そのため、多くの場合、推定値を用いざるを得ない。 したがって、推奨量=推定平均必要量×(1+2×変動係数)=推定平均必要量×推奨量算定係数として、推奨量を求めた。 |
重要なポイントは、該当する母集団に属する100人が、ある栄養素について、「推奨量」を摂取すれば、ほとんどの者(97〜 98%)は充足し、充足しないのは残りの者(3〜2%)と推定されると理解しています。
また、推奨量の「活用上の留意点」として、次のように書かれています。
推奨量は、個人の場合は不足の確率がほとんどなく、集団の場合は不足が生じていると推定される対象者がほとんど存在しない摂取量であることから、この値の付近かそれ以上を摂取していれば不足のリスクはほとんどないものと考えられる。 |
目安量(adequate intake:AI)
目安量は次のとおり定義されています。
特定の集団における、ある一定の栄養状態を維持するのに十分な量として「目安量」を定義する。十分な科学的根拠が得られず「推定平均必要量」が算定できない場合に算定するものとする。 実際には、特定の集団において不足状態を示す者がほとんど観察されない量として与えられる。基本的には、健康な多数の者を対象として、栄養素摂取量を観察した疫学的研究によって得られる。目安量は、次の三つの概念のいずれかに基づく値である。どの概念に基づくものであるかは、栄養素や性・年齢区分によって異なる。 1 特定の集団において、生体指標等を用いた健康状態の確認と当該栄養素摂取量の調査を同時に行い、その結果から不足状態を示す者がほとんど存在しない摂取量を推測し、その値を用いる場合:対象集団で不足状態を示す者がほとんど存在しない場合には栄養素摂取量の中央値を用いる。 2 生体指標等を用いた健康状態の確認ができないが、健康な日本人を中心として構成されている集団の代表的な栄養素摂取量の分布が得られる場合:原則、栄養素摂取量の中央値を用いる。 3 母乳で保育されている健康な乳児の摂取量に基づく場合:母乳中の栄養素濃度と哺乳量との積 を用いる。 |
ポイントは、十分な科学的根拠が得られず「推定平均必要量」は算定できないが、この程度接種している集団には不足状態を示す者がほとんど観察されないので目安量以上を摂取していれば、不足することはほとんどないだろうと理解しています。
また、目安量の「活用上の留意点」として、次のように書かれています。
目安量は、十分な科学的根拠が得られないため、推定平均必要量が算定できない場合に設定される指標であり、目安量以上を摂取していれば、不足しているリスクは非常に低い。したがって、目安量付近を摂取していれば、個人の場合は不足の確率がほとんどなく、集団の場合は不足が生じていると推定される対象者はほとんど存在しない。なお、その定義から考えると、目安量は推奨量よ りも理論的に高値を示すと考えられる。一方、目安量未満を摂取していても、不足の有無やそのリスクを示すことはできない。 |
過剰摂取による健康障害の回避を目的とする指標
耐容上限量 (UL, Tolerable upper intake level)
耐容上限量は次のとおり定義されています。
健康障害をもたらすリスクがないとみなされる習慣的な摂取量の上限として「耐容上限量」を定義する。これを超えて摂取すると、過剰摂取によって生じる潜在的な健康障害のリスクが高まると考える。 理論的には「耐容上限量」は、「健康障害が発現しないことが知られている習慣的な摂取量」の最大値(健康障害非発現量、no observed adverse effect level:NOAEL)と「健康障害が発現したことが知られている習慣的な摂取量」の最小値(最低健康障害発現量、lowest observed ad- verse effect level:LOAEL)との間に存在する。 しかし、これらの報告は少なく、特殊な集団を対象としたものに限られること、さらには、動物実験や in vitro など人工的に構成された条件下で行われた実験で得られた結果に基づかねばならない場合もあることから、得られた数値の不確実性と安全の確保に配慮して、NOAEL 又は LOAELを「不確実性因子」(uncertain factor:UF) で除した値を耐容上限量とした。具体的には、基本的に次のようにして耐容上限量を算定した。 ・ヒトを対象として通常の食品を摂取した報告に基づく場合:UL=NOAEL÷UF(UFには1から5の範囲で適当な値を用いた) ・ヒトを対象としてサプリメントを摂取した報告に基づく場合、又は、動物実験やin vitroの実験に基づく場合:UL=LOAEL÷UF(UFには10 を用いた) |
過剰摂取によって健康障害が発生した場合における「習慣的な摂取量」の報告が少ないため、リスクを下げるため、NOAELやLOAELをUF(確実性因子)で割って「耐容上限量」を定めていると理解しています。
また、一般的に、「通常の食品」よりも「サプリメント」の方がリスクが高く、過剰摂取による健康障害の報告例もあるため、LOAELを10という大きなUFで割って「耐容上限量」を定めていると理解しています。
また、耐容上限量の「活用上の留意点」として、次のように書かれています。
耐容上限量は、この値を超えて摂取した場合、過剰摂取による健康障害が発生するリスクが0 (ゼロ)より大きいことを示す値である。しかしながら、通常の食品を摂取している限り、耐容上限量を超えて摂取することはほとんどあり得ない。また、耐容上限量の算定は理論的にも実験的にも極めて難しく、多くは少数の発生事故事例を根拠としている。これは、耐容上限量の科学的根拠 の不十分さを示すものである。そのため、耐容上限量は「これを超えて摂取してはならない量」というよりもむしろ、「できるだけ接近することを回避する量」と理解できる。 また、耐容上限量は、過剰摂取による健康障害に対する指標であり、健康の保持・増進、生活習慣病の発症予防を目的として設けられた指標ではない。耐容上限量の活用に当たっては、このことに十分留意する必要がある。 |
生活習慣病の発症予防を目的とする指標
目標量(tentative dietary goal for preventing life-style related diseases:DG)
目標量は次のとおり定義されています。
生活習慣病の発症予防を目的として、特定の集団において、その疾患のリスクや、その代理指標となる生体指標の値が低くなると考えられる栄養状態が達成できる量として算定し、現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量として「目標量」を設定する。これは、疫学研究によって得られた知見を中心とし、実験栄養学的な研究による知見を加味して策定されるものである。しかし、栄養素摂取量と生活習慣病のリスクとの関連は連続的であり、かつ、閾値が存在しない場合が多い。このような場合には、好ましい摂取量として、ある値又は範囲を提唱することは困難である。そこで、諸外国の食事摂取基準や疾病予防ガイドライン、現在の日本人の摂取量・食品構成・ 嗜好などを考慮し、実行可能性を重視して設定することとした。また、生活習慣病の重症化予防及びフレイル予防を目的とした量を設定できる場合は、発症予防を目的とした量(目標量)とは区別して示すこととした。 各栄養素の特徴を考慮して、基本的には次の3種類の算定方法を用いた。なお、次の算定方法 に該当しない場合でも、栄養政策上、目標量の設定の重要性を認める場合は基準を策定することとした。 ・望ましいと考えられる摂取量よりも現在の日本人の摂取量が少ない場合:範囲の下の値だけを算 定する。食物繊維とカリウムが相当する。これらの値は、実現可能性を考慮し、望ましいと考えられる摂取量と現在の摂取量(中央値)との中間値を用いた。 ・望ましいと考えられる摂取量よりも現在の日本人の摂取量が多い場合:範囲の上の値だけを算定する。飽和脂肪酸、ナトリウム(食塩相当量)が相当する。これらの値は、最近の摂取量の推移と実現可能性を考慮して算定した。 ・生活習慣病の発症予防を目的とした複合的な指標:構成比率を算定する。エネルギー産生栄養素バランス〔たんぱく質、脂質、炭水化物(アルコールを含む)が、総エネルギー摂取量に占めるべき割合〕がこれに相当する。 |
これを一回読まれただけで理解するのは難しいと思いますが、
例えば・・・
食物繊維については、本当はもっと増やすことが望ましいけれども、実施可能性の観点から、目標量を下回る人は、これを目指して増やしましょうという目標量だと理解しています。
ナトリウム(食塩相当量)については、本当はもっと減らすことが望ましいけれども、実施可能性の観点から、目標量を上回る人は、これを目指して減らしましょうという目標量だと理解しています。
たんぱく質、脂質の総量、炭水化物については、摂取するエネルギーに対する割合(%)の範囲として目標量が示されています。
なお、脂質のうち、飽和脂肪酸については摂取するエネルギーに対する割合(%)の範囲として目標量(上限)が、ω3系とω6系の必須脂肪酸については、基準となる目安量(g/日)が示されています。
また、目標量の「活用上の留意点」として、次のように書かれています。
生活習慣病の発症予防を目的として算定された指標である。生活習慣病の原因は多数あり、食事はその一部である。したがって、目標量だけを厳しく守ることは、生活習慣病の発症予防の観点からは正しいことではない。 例えば、高血圧の危険因子の一つとしてナトリウム(食塩)の過剰摂取があり、主としてその観点からナトリウム(食塩)の目標量が算定されている。しかし、高血圧が関連する生活習慣として は、肥満や運動不足等とともに、栄養面ではアルコールの過剰摂取やカリウムの摂取不足も挙げられる。ナトリウム(食塩)の目標量の扱い方は、これらを十分に考慮し、更に対象者や対象集団の特性も十分に理解した上で、決定する。 また、栄養素の摂取不足や過剰摂取による健康障害に比べると、生活習慣病は非常に長い年月の 生活習慣(食習慣を含む)の結果として発症する。生活習慣病のこのような特性を考えれば、短期間に強く管理するものではなく、長期間(例えば、生涯)を見据えた管理が重要である。 |
食事摂取基準の各指標(推定平均必要量、推奨量、目安量、耐容上限量) を理解するための概念図
参照体位
参照体位について次のように書かれています。
食事摂取基準の策定において参照する体位(身長・体重)は、性及び年齢区分に応じ、日本人として平均的な体位を持った者を想定し、健全な発育及び健康の保持・増進、生活習慣病の予防を考える上での参照値として提示し、これを参照体位(参照身長、参照体重)と呼ぶ。 一方、成人・高齢者については、現時点では、性別及び年齢区分ごとの標準値となり得る理想の体位が不明なことから、これまでの日本人の食事摂取基準での方針を踏襲し、原則として利用可能な直近のデータを現況値として用い、性別及び年齢区分ごとに一つの代表値を算定することとし た。 なお、現況において、男性では肥満の者の割合が約3割、女性では 20〜30 歳代でやせの者の割合が2割程度見られる。また、高齢者においては、身長、体重の測定上の課題を有している。今後、こうした点を踏まえ、望ましい体位についての検証が必要である。 成人・高齢者(18 歳以上)における算出方法 平成 28 年国民健康・栄養調査における当該の性・年齢区分における身長・体重の中央値とし、 女性については、妊婦、授乳婦を除いて算出した。 |
参照体位についても分かり難いですが、私としては次のように理解しています。
エネルギーや栄養素の適正な摂取量は、体位(身長・体重)によって異なるので、指標を算定するための基準となる体位を「参照体位」として定めている。 各個人が、自身の適正な摂取量を求める場合には、自身の体位に応じて各指標を補正すれば良い。 |
次回は、私が健康的な食生活を実践するために、「日本人の食事摂取基準」をどのように活用しているかについて書きます。
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