景初二年六月、倭女王卑弥呼は大夫・難升米らを魏へ派遣し、天子への朝献を願い出ました。
これに応じた魏は、帯方郡を経由して卑弥呼に「親魏倭王」の称号と金印紫綬を下賜し、使者たちには官職と銀印青綬を与えます。
この一連のやり取りは、倭国と魏との外交関係が形式的にも制度的にも確立されたことを示す重要な記録であり、それを中華書局本を基準としつつ、各異本に見られる語句の違いや表現の差異を精査・比較します。
本節では、『魏志倭人伝』の複数の写本や諸本の間で生じている違いを19回(壱・弍・参・四・五・六・七・八・九・十・十一・十二・十三・十四・十五・十六・十七・十八・十九)に分けて提示しています。
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第57段落)
🔹 該当段落(中華書局本・基準本文)
景初二年六月,倭女王遣大夫難升米等詣郡,求詣天子朝獻。
🧾 異文一覧(第57段落)【段落逐次方式】
《注189》【紹熙本】
「難升米」→「難升彌」
• 分類:🅔 固有名詞の字形差
• 解説:「米」と「彌」は形が似ており、草書体や行書体での混同が起こりやすい。意味的には同一人物名と解され、発音上も近似するため誤写の可能性が高い。
《注190》【百衲本】
「求詣天子朝獻」→「請詣天子朝獻」
• 分類:🅓 語句置換(同義近似)
• 解説:「求」と「請」は、ともに願い出る意だが、「請」はより礼儀的な申請ニュアンスを含む。文脈的には朝献を求める公式な申し出であり、どちらでも意味は通じる。
《注191》【今本】
「倭女王」→「倭國女王」
• 分類:🅔 固有名詞の追加・強化
• 解説:「倭女王」に「國」を加え、政治的主体としての倭国全体を強調する表現。後世の編集で国家意識を強調した痕跡と考えられる。
《注192》【三国志集解(裴注系)】
「景初二年六月」→「景初二年」
• 分類:🅓 年月表記の簡略化
• 解説:月の記載が欠落している異本がある。写本過程で省略されたか、年月日の詳細が不要と判断された可能性。
📋 異文注記対応表(第57段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注189 | 難升米 | 難升彌 | 紹熙本 | 🅔字形差 | 「米」と「彌」の字形混同による誤写可能性大。 |
注190 | 求詣天子朝獻 | 請詣天子朝獻 | 百衲本 | 🅓語句置換 | 「請」はより礼儀的なニュアンス。意味はほぼ同じ。 |
注191 | 倭女王 | 倭國女王 | 今本 | 🅔固有名詞追加 | 「國」を加え、倭国全体を示す表現。 |
注192 | 景初二年六月 | 景初二年 | 三国志集解(裴注) | 🅓年月簡略 | 月表記を省略した異本あり。 |
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第58段落)
🔹 該当段落(中華書局本・基準本文)
太守劉夏遣吏將送詣京都。
🧾 異文一覧(第58段落)【段落逐次方式】
《注193》【紹熙本】
「將送」→「將詣送」
• 分類:🅓 語句増補(動詞追加)
• 解説:「詣」の追加により、「送詣」(詣に送る)という目的地強調の構造になる。中華書局本では「將送」(送ろうとする)で簡潔に表現。
《注194》【百衲本】
「京都」→「京師」
• 分類:🅔 固有名詞置換
• 解説:「京師」は都城(洛陽)を指す正式呼称。どちらも同義だが、「京都」は後漢以降広く用いられる通称的表現。
《注195》【今本】
「劉夏」→「劉廈」
• 分類:🅐 字形の違い
• 解説:「夏」と「廈」は形が似ており、誤写の典型例。人物は同一であり、異体字の扱いとも考えられる。
📋 異文注記対応表(第58段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注193 | 將送 | 將詣送 | 紹熙本 | 🅓語句増補 | 「詣」の追加で目的地強調。 |
注194 | 京都 | 京師 | 百衲本 | 🅔固有名詞置換 | 「京師」は正式呼称で意味は同じ。 |
注195 | 劉夏 | 劉廈 | 今本 | 🅐字形差 | 「夏」と「廈」の形が似て誤写。 |
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第59段落)
🔹 該当段落(中華書局本・基準本文)
其年十二月,詔書報倭女王曰:制詔親魏倭王卑彌呼:帶方太守劉夏遣使送汝大夫難升米、次使都市牛利,奉汝所獻男生口四人、女生口六人、斑布二匹二丈到。
🧾 異文一覧(第59段落)【段落逐次方式】
《注196》【紹熙本】
「十二月」→「十有二月」
• 分類:🅐 字形・表記の差
• 解説:数字の表記揺れで意味差はない。「有」の挿入は古典文での慣用的表現。
《注197》【百衲本】
「都市牛利」→「都市牛離」
• 分類:🅐 字形差
• 解説:「利」と「離」の形の近似による誤写。人名であるため、正確な表記は史料全体の用字に依拠する。
《注198》【今本】
「斑布二匹二丈」→「斑布二丈二匹」
• 分類:🅑 語順の違い
• 解説:「二匹」と「二丈」の順が入れ替わっている。数量と単位の並べ方の揺れで意味は変わらない。
《注199》【三国志集解(裴注系)】
「制詔親魏倭王卑彌呼」について、裴松之は「魏書曰、其王卑彌呼…」と別書引用。
• 分類:🅓 文の増補(引用による補足)
• 解説:本文の直前に魏書からの引用を挿入し、卑弥呼の地位や事績を補足している。本文自体の語句には改変なし。
📋 異文注記対応表(第59段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注196 | 十二月 | 十有二月 | 紹熙本 | 🅐字形・表記差 | 数字表記の揺れ。意味差なし。 |
注197 | 都市牛利 | 都市牛離 | 百衲本 | 🅐字形差 | 「利」と「離」の形の類似による誤写。 |
注198 | 斑布二匹二丈 | 斑布二丈二匹 | 今本 | 🅑語順違い | 数量と単位の順が入れ替わっている。 |
注199 | 制詔親魏倭王卑彌呼 | (本文同)+魏書引用 | 裴注(集解) | 🅓増補 | 魏書の引用を追加し卑弥呼の地位を補足。 |
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第60段落)
🔹 該当段落(中華書局本・基準本文)
汝所在逾遠,乃遣使貢獻,是汝之忠孝,我甚哀汝。
🧾 異文一覧(第60段落)【段落逐次方式】
《注200》【紹熙本】
「哀汝」→「愛汝」
• 分類:🅐 字形差
• 解説:「哀」と「愛」は偏の違いのみで混同が生じやすい。
「哀汝」=遠隔の労苦を憐れむ意、「愛汝」=恩寵・厚遇の意。文脈的には憐憫の意が自然。
《注201》【百衲本】
「乃遣使貢獻」→「乃遣使奉獻」
• 分類:🅓 語句置換(同義近似)
• 解説:「貢獻」は朝貢の正式表現、「奉獻」はより一般的な献上の意。
格式としては「貢獻」の方が外交文書にふさわしい。
《注202》【今本】
「逾遠」→「悠遠」
• 分類:🅐 字形差+表記差
• 解説:「逾」(こえる)と「悠」(はるか)は意味が近く、修辞的置換の可能性もある。距離の遠さを誇張する点で共通。
《注203》【三国志集解(裴注系)】
本文同。異文なし。
• 分類:—
• 解説:裴松之注に本句の異説・補足は見られない。
📋 異文注記対応表(第60段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注200 | 哀汝 | 愛汝 | 紹熙本 | 🅐字形差 | 「哀」は憐れむ意、「愛」は厚遇の意。 |
注201 | 乃遣使貢獻 | 乃遣使奉獻 | 百衲本 | 🅓語句置換 | 「貢獻」は外交儀礼的、「奉獻」は一般的。 |
注202 | 逾遠 | 悠遠 | 今本 | 🅐字形差 | 意味はほぼ同じで修辞的置換の可能性。 |
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第61段落)
🔹 該当段落(中華書局本・基準本文)
今以汝為親魏倭王,假金印紫綬。
🧾 異文一覧(第61段落)【段落逐次方式】
《注203》【紹熙本】
「假金印紫綬」→「賜金印紫綬」
• 分類:🅓 語句置換(動詞)
• 解説:「假」は仮授(形式的に与える)の意、「賜」は下賜(実際に授ける)の意。外交儀礼では「假」は委任や代理性を含む場合があり、意味合いに差がある。
《注204》【百衲本】
「親魏倭王」→「親魏王」
• 分類:🅔 固有名詞の省略
• 解説:「倭」の字を省き、魏王に親しむ者という形に簡略化。固有名詞が短縮されると、対象範囲が曖昧になる恐れがある。
《注205》【今本】
「紫綬」→「紫綬章」
• 分類:🅓 語句増補
• 解説:「章」は綬(紐)の模様や意匠を指す補足語で、装飾的詳細を明示している。官印の格式に関する表記差。
📋 異文注記対応表(第61段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注203 | 假金印紫綬 | 賜金印紫綬 | 紹熙本 | 🅓語句置換 | 「假」は形式的授与、「賜」は下賜の意。 |
注204 | 親魏倭王 | 親魏王 | 百衲本 | 🅔固有名詞省略 | 「倭」を省くことで対象が広義化。 |
注205 | 紫綬 | 紫綬章 | 今本 | 🅓語句増補 | 綬の装飾詳細を明記する補足語。 |
📘 第2章 第6節:異文・比較注記(第62段落)
🔹 該当段落(中華書局本・基準本文)
裝封付帶方太守假授汝。
🧾 異文一覧(第62段落)【段落逐次方式】
《注206》【紹熙本】
「假授汝」→「授汝」
• 分類:🅓 語句省略
• 解説:「假」を省き、直接授与の意にする。外交儀礼上、「假」は仮授(郡太守を通じた委任的授与)を意味し、省略すると意味がやや強くなる。
《注207》【百衲本】
「裝封付」→「封裝付」
• 分類:🅑 語順の違い
• 解説:「封裝」と「裝封」はほぼ同義で順序が入れ替わっただけ。文意に差はない。
《注208》【今本】
「帶方太守」→「帶方郡太守」
• 分類:🅔 固有名詞の追加
• 解説:「郡」を加えることで行政区分を明示。後世の地理的理解に合わせた補足とみられる。
📋 異文注記対応表(第62段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注206 | 假授汝 | 授汝 | 紹熙本 | 🅓語句省略 | 「假」の省略で直接授与の意味合いに。 |
注207 | 裝封付 | 封裝付 | 百衲本 | 🅑語順違い | 意味差はないが語順が逆転。 |
注208 | 帶方太守 | 帶方郡太守 | 今本 | 🅔固有名詞追加 | 行政区分「郡」を明記。 |
注:本章における原文は、OpenAI o3 が公開ドメインの旧刻本(無標点)を参照しつつ、中華書局点校本の慣用句読を統計的に再現した「再現テキスト」です。校訂精度は保証されません。引用・転載の際は必ず一次資料で照合してください。
次回は、第63段落から第67段落までの複数の写本や諸本の間で生じている違いを提示します。
(本文ここまで)
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