前回までの脂質の摂取基準と摂取量等に引き続き、今回から炭水化物の摂取基準と摂取量等について書きます。
先ず今回は「日本人の食事摂取基準(2020年版)」における炭水化物に関する記述のうちの全般・共通的事項と炭水化物の目標量の策定方法等について書きます。
「日本人の食事摂取基準(2020版)」における炭水化物に関する記述の要点 1
炭水化物に限りませんが、「日本人の食事摂取基準」を読み慣れず、かつ、短時間で拾い読みをすると、今回書きます「基本的事項」「指標設定の基本的な考え方」「目標量(等)の策定方法」等の記述を読み飛ばして、炭水化物や食物繊維の食事摂取基準といった結論だけを拾い読みしがちになります。
また、ネット上で「日本人の食事摂取基準」を解説している情報において、これらの中の重要なこ内容に触れていない場合が多いので注意が必要だと考えています。
Ⅱ各 論 1エネルギー・栄養素 1-4 炭水化物 1 基本的事項
炭水化物(carbohydrate)は、その細分類(特に、糖類・多糖類の別、多糖類は更にでんぷんと非でんぷん性多糖類の別)によって栄養学的意味は異なる。しかしながら、食品成分表〔日本食品標準成分表 2015 年版(七訂)〕においてそれらの含有量が収載されるに至ったものの、いまだ未測定の食品も多い。そのため、日本人におけるそれらの摂取量を知るのは困難であり、そのための専用の食品成分表を開発する必要がある 。そこでここでは、総炭水化物と食物繊維に限定して、その栄養学的意義と食事摂取基準としての指標及びその値について記す。
加えて、炭水化物ではないものの、エネルギーを産生し、かつ、各種生活習慣病との関連が注目されているアルコールについても、この章で触れる。
1-1 定義と分類
炭水化物は、組成式 Cm(H2O)n からなる化合物である。炭水化物は、単糖あるいはそれを最小構成単位とする重合体である。主な炭水化物を表 1 に示す。
生理学的には、ヒトの消化酵素で消化できる易消化性炭水化物と消化できない難消化性炭水化物に分類できる。食物繊維という名称は、生理学的な特性を重視した分類法であり、食物繊維の定義は国内外の組織間で少しずつ異なっている 。通常の食品だけを摂取している状態では、摂取される食物繊維のほとんどが非でんぷん性多糖類であり、難消化性炭水化物にほぼ一致する。
食物繊維の定義はまだ十分には定まっていないが、食事摂取基準ではその科学性をある程度担保しつつ、活用の簡便性を図ることを目的として、易消化性炭水化物を糖質、難消化性炭水化物を食物繊維と呼ぶことにする。
表 1 主な炭水化物の分類
1-2 機能
栄養学的な側面からみた炭水化物の最も重要な役割は、エネルギー源である。炭水化物から摂取するエネルギーのうち、食物繊維に由来する部分はごくわずかであり、そのほとんどは糖質に由来する。したがって、エネルギー源としての機能を根拠に食事摂取基準を設定する場合には、炭水化物と糖質の食事摂取基準はほぼ同じものとなり、両者を区別する必要性は乏しい。
糖質は、約4kcal/gのエネルギーを産生し、その栄養学的な主な役割は、脳、神経組織、赤血球、腎尿細管、精巣、酸素不足の骨格筋等、通常はぶどう糖(グルコース)しかエネルギー源として利用できない組織にぶどう糖を供給することである。脳は、体重の2% 程度の重量であるが、総基礎代謝量の約 20% を消費すると考えられている 。基礎代謝量を 1,500 kcal/日とすれば、脳のエネルギー消費量は 300 kcal/日になり、これはぶどう糖75g/日に相当する。上記のように脳以外の組織もぶどう糖をエネルギー源として利用することから、ぶどう糖の必要量は少なくとも100g/日と推定され、すなわち、糖質の最低必要量はおよそ100g/日と推定される。しかし、肝臓は、必要に応じて筋肉から放出された乳酸やアミノ酸、脂肪組織から放出されたグリセロールを利用して糖新生を行い、血中にぶどう糖を供給する。したがって、これは真に必要な最低量を意味するものではない。
食物繊維は、腸内細菌による発酵分解によってエネルギーを産生する。しかし、その値は一定でなく、有効エネルギーは0〜2kcal/g と考えられている。さらに、炭水化物に占める食物繊維の割合(重量割合)はわずかであるために、食物繊維に由来するエネルギーが炭水化物全体に由来するエネルギーに占める割合はごくわずかであり、食事摂取基準の活用上は無視し得ると考えられる。
一方、食物繊維摂取量は、数多くの生活習慣病の発症率又は死亡率との関連が検討されており、メタ・アナリシスによって数多くの疾患と有意な負の関連が報告されている稀な栄養素である。代表的なものとして、総死亡率 、心筋梗塞の発症及び死亡、脳卒中の発症、循環器疾患の発症及び死亡 、2型糖尿病の発症、乳がんの発症、胃がんの発症、大腸がんの発症などがある。例えば、食物繊維をほとんど摂取しない場合に比べて、20g/日程度摂取していた群では心筋梗塞の発症率が15%ほど低かったと報告されている。また、メタボリックシンドロームの発症率との関連を検討したメタ・アナリシスも存在する。これらの報告は、総合的には食物繊維摂取量が多いほどこれらの発症率や死亡率が低くなる傾向を認めている。
2型糖尿病の発症率との関連を検討したメタ・アナリシスでは、20 g/日以上摂取した場合に発症率の低下が観察されており、閾値としてこの値が存在する可能性を示唆している。血中総コレステロール及び LDL コレステロールとの負の関連も報告されているが、これは水溶性食物繊維に限られるとされている。また、ヨーロッパで行われた大規模コホート研究では、食物繊維摂取量と体重増加の間に負の関連が観察されている。
食物繊維摂取量が排便習慣(健康障害としては便秘症)に影響を与える可能性が示唆されている。食物繊維摂取量と便秘症罹患率との関連を横断的並びに縦断的に検討した疫学研究では、便秘症の罹患率、発症率及び排便頻度と食物繊維摂取量との間に負の関連を認めたとする報告がある。その一方で、両者の間に関連を認めなかった研究も存在する。
2 指標設定の基本的な考え方
炭水化物、特に糖質は、エネルギー源として重要な役割を担っているが、上述のようにその必要量は明らかにできない。また、通常、乳児以外の者はこれよりも相当に多い炭水化物を摂取している。そのため、推定必要量を算定する意味も価値も乏しい。さらに、炭水化物が直接に特定の健康障害の原因となるとの報告は、2型糖尿病を除けば、理論的にも疫学的にも乏しい。そのため、炭水化物については推定平均必要量(及び推奨量)も耐容上限量も設定しない。同様の理由により、目安量も設定しなかった。一方、炭水化物はエネルギー源として重要であるため、この観点から指標を算定する必要があり、アルコールを含む合計量として、たんぱく質及び脂質の残余として目標量(範囲)を算定した。
単糖及び二糖類、すなわち糖類の過剰摂取が肥満やう歯(虫歯)の原因となることは広く知られている。そのため、例えば WHO は、その中の free sugar(遊離糖類:食品加工又は調理中に加えられる糖類)の摂取量に関する勧告を出しており、総エネルギーの10%未満、望ましくは5%未満に留めることを推奨している。しかしながら、我が国では、日本食品標準成分表に単糖や二糖類など糖の成分が収載されたのは比較的最近であり、現在においても成分が特定されていない食品が多く、糖類の摂取量の把握がいまだ困難である。そのため、今回はその基準の設定を見送ることにした。
なお、日本食品標準成分表における糖類の欠損値を補完した上で日本人における糖類摂取量を調べた研究によれば、その平均摂取量(男児・男性/女児・女性)は幼児(18〜35か月)で6.1/6.9% エネルギー、小児(3〜6歳)で7.6/7.7%エネルギー、学童(8〜14歳)で5.8/6.0%エネルギー、成人(20〜69 歳)で6.1/7.4%エネルギーであったと報告しており、我が国でもその過剰摂取に注意すべき状態であるおそれが示唆されている。
一方、食物繊維は、摂取不足が対象とする生活習慣病の発症に関連するという報告が多いことから、目標量を設定することとした。
3 炭水化物
3-1 健康の保持・増進
3-1-1 生活習慣病の発症予防
3-1-1-1 目標量の策定方法
・成人・高齢者・小児(目標量)
炭水化物の多い食事は、その質への配慮を欠くと、精製度の高い穀類や甘味料や甘味飲料、酒類に過度に頼る食事になりかねない。これは好ましいことではない。同時に、このような食事は数多くのビタミン類やミネラル類の摂取不足を招きかねないと考えられる。これは、精製度の高い穀類や甘味料や甘味飲料、酒類は数多くのミネラル、ビタミンの含有量が他の食品に比べて相対的に少ないからである。たんぱく質の目標量の下の値(13又は15%エネルギー)と脂質の目標量の下の値(20% エネルギー)に対応する炭水化物の目標量は67又は65%エネルギーとなるが、上記の理由のために、それよりもやや少ない65% エネルギーを目標量(上限)とすることとした。したがって、たんぱく質、脂質、炭水化物のそれぞれの目標量の下の値の合計は100%エネルギーにはならない。この点に注意して用いる必要がある。
一方、目標量(下限)は、たんぱく質の目標量の上の値(20% エネルギー)と脂質の目標量の上の値(30% エネルギー)に対応させた。ただし、この場合には、食物繊維の摂取量が少なくならないように、炭水化物の質に注意すべきである。
ところで、アメリカ人中年男女(45〜64 歳)15,428 人を25年間追跡して、炭水化物摂取量と総死亡率との関連を検討した報告によると、炭水化物摂取量が 50〜55% エネルギーであった集団で最も低い総死亡率と最も長い平均期待余命が観察された。同時に、総死亡率の上昇と平均期待余命の短縮は炭水化物摂取量が55〜65%エネルギーであった集団ではわずかであった。これは、目標量の範囲を 50〜65% エネルギーとすることを間接的に支持する知見であると考えられる。
・妊婦・授乳婦(目標量)
(略)
3-2 生活習慣病の重症化予防
生活習慣病の発症予防と同様に、栄養学的な側面から見た炭水化物の最も重要な役割は重症化予防においてもエネルギー源としての働きと血糖上昇作用である。なお、食物繊維については後述する。糖類については、今回は触れない。
エネルギー源としての炭水化物摂取(制限)の効果は肥満症患者及び過体重者を対象とした多数の介入試験で検証されている。結果のばらつきは大きいものの、同じエネルギー量を有する炭水化物が有する減量効果は、同じエネルギー量を有する脂質及びたんぱく質と有意に異なるものではないとしたメタ・アナリシスが多い。これは、炭水化物摂取量の制限によって総エネルギー摂取量を制限すれば減量効果を期待できるが、炭水化物摂取量の制限によって減少させたエネルギー摂取量を他の栄養素(脂質又はたんぱく質)で補い、総エネルギー摂取量が変わらない場合には減量効果は期待できないことを示している。
糖尿病患者又は高血糖者を対象として、炭水化物摂取量を制限したときの血糖(又は HbA1c)の変化を観察した介入試験も一定数存在する。これらの研究をまとめたメタ・アナリシスでは、短期間(3か月)かつ非常に炭水化物摂取量が少ない(15% エネルギー前後)試験でのみ、対照群(通常の炭水化物摂取量)に比べて有意な HbA1c の低下が観察されたが、それ以上の炭水化物制限や、それ以上の長期試験(6か月以上)では有意な HbA1c の低下は観察されなかった。他の類似のメタ・アナリシスもほぼ同じ結果を得ている。これは、現実的に実行可能であり、かつ、他の栄養素による健康への不利益が生じない範囲であり、さらに、糖尿病の管理に求められる十分に長い期間にわたって行うべき食事療法として、炭水化物摂取量の制限は、少なくともHbA1c の変化を指標とした場合、血糖値の改善に寄与しないことを示している。
高食物繊維摂取が便秘(特に小児の便秘)の改善に有効か否かを検証した介入試験は、その質が不十分なものが多いという限界もあり、有効であるとした研究も存在するものの、結論は得られていない。
次回は、食物繊維、アルコール、今後の課題等について書きます。
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