世界は、
行って、
帰ってこられるものだった。
前篇では、
地名を消し、
感覚だけを残した。
ここでは、
その感覚が生まれた
具体的な場所を描く。
付知。
懐かしさが強く残る町ではない。
だが、
世界との距離が変わり始めた地点として、
この名は避けて通れない。
抽象として立ち上がった体験が、
ひとつの土地に結び直されるとき、
物語はもう一段、
現実へ降りていく。
世界が横に現れた日 ― 付知
付知という数年間を過ごした町を、
懐かしいと思ったことは、あまりない。
だが、
その頃からだった。
世界が、正面ではなく、
横から現れるようになったのは。

夜だった。
官舎の部屋は静かで、
家族の気配も、もう遠かった。
布団に入る時間は過ぎていたが、
机の前から離れられずにいた。
机の上には、
小さな板と、細い銅線、
黒っぽい石のかけらが並んでいる。
鉱石ラジオ。
昼間は、何も起きなかった。
イヤホンを当てても、
聞こえるのは雑音だけだった。
それでも、
夜なら違う気がした。
理由はない。
夜は、音が少ない。
ただ、それだけだった。
イヤホンを片耳に当てる。
雑音が流れる。
銅線の先を、
石の表面にそっと触れさせる。
角度を変える。
戻す。
雑音。
石を替える。
官舎の裏山で拾った破片。
河原で見つけた、重たい石。
どれも冷たい。
どれも同じに見える。
――そのとき。
雑音の向こうで、
何かが、揺れた。
気のせいかと思い、
もう一度、銅線を動かす。
音が変わった。
はっきりしない。
言葉にはならない。
だが、
声らしきものが、確かにあった。
息を止める。
ここだ、と、
身体が先に分かった。
遠い。
とても遠い。
山を越え、
谷を越え、
空を通って。
誰かが、
今、どこかで話している。
意味は分からない。
内容も分からない。
それでも、
胸の奥が、
静かに熱くなった。
世界は、
見えている範囲だけで
終わってはいない。
そのことを、
初めて、
身体で知った夜だった。

付知に移ってから、
行動範囲は、少しずつ広がった。
苗木。
中津川。
そこへは、
一人で行けた。
駅の窓口で切符を買い、
ホームに立つ。
線路が、
向こうへ伸びている。
電車に乗ると、
景色が後ろへ流れ始める。
付知の町が、
ゆっくり離れていく。
窓の外を見ながら、
ふと、思った。
――戻れるだろうか。
理由はない。
ただ、
帰りというものが、
急に現実になった。
時計を見る。
時間は、
ちゃんと進んでいる。
それだけで、
少し安心した。
苗木に着くと、
駅は小さかった。
知っている町なのに、
今日は違って見えた。
誰もいない。
急かす声もない。
歩く。
足音だけが、
はっきり聞こえる。
用事はなかった。
ただ、
来てみたかった。
町を一回りし、
駄菓子屋をのぞき、
何も買わずに出る。
時間は減っていく。
帰りの切符が、
頭の隅に残る。
戻れなくなるわけではない。
だが、
戻るには、
また自分で選ばなければならない。
それが、
分かってしまった。
帰りの電車で座り、
揺れに身を任せる。
景色は同じだ。
だが、
自分は、少し違っていた。
世界は、
行って、
帰ってこられるものだった。
中学生になって、
父に連れられ、
奥穂高岳へ向かった。
登りは、
ただ、苦しかった。
前日、泊まった
新穂高温泉から続く
白出沢のガレ場。
浮石。
足を置くたびに、
気を使う。
下から吹き上げるガスが、
ポンチョの裾から入り込み、
身体の熱を奪っていく。
寒い、
というより、
体温が抜けていく感じだった。
考えることが減り、
前を見る。
足元を見る。
それだけ。
山荘に着いたとき、
父がラーメンを頼んでくれた。
湯気。
匂い。
一口食べた瞬間、
身体の奥で、
何かが戻ってきた。

翌朝、
真っ暗な中で山頂へ向かう。
東の空が、
茜色に変わり、
突然、
太陽が現れた。
何も考えられなかった。
ただ、
そこに立っていた。
父に言われて振り返ると、
少し離れたところに、
自分の影が浮かんでいた。
光の輪に囲まれた、
もう一人の自分。
運がいい、と、
父は言った。
その言葉を、
そのまま信じた。
世界は、
苦しさの向こう側で、
反転することがある。
そのことを、
このとき、
身体が覚えた。

付知は、
懐かしい町ではない。
強い感情が残る土地でもない。
だが、
この場所にいた頃から、
世界は、
正面ではなく、
横に現れるようになった。
見えないものは、
音として近づき。
遠い場所は、
行って帰れる距離になり。
越えられないと思った境界は、
越えたあとに、
光を残した。
付知は、
多くは残さなかった。
ただ、
そのあと、
世界はもう、
元には戻らなかった。
✍️ あとがき
付知は、
強い輪郭を持つ土地ではない。
良くも悪くも、
どこにでもあり得る町だ。
だからこそ、
ここで起きた変化は、
土地の力ではなく、
あなた自身の内側の動きとして残った。
この篇で描かれたのは、
人生の転換点というより、
転換が始まってしまった
初期状態に近い。
世界は、
すでに横に現れている。
あとは、
どの方向へ歩いていくかだけだ。
次の篇では、
場所はさらに移り、
人生はもう少し速く動き始める。
地脈は、
静かに、
しかし確実に、
次の層へ進んでいく。
📓 創作ノートはこちら👇
🌐 『世界が横に現れた日』 創作ノート
🌐 『世界が横に現れた日 ― 付知』 創作ノート
世界が横に現れたあと、
人はすぐに遠くへ行くわけではない。
まず、
立ち止まり、
広がった世界を
どう理解するかを探し始める。
次の篇で描かれるのは、
世界がさらに広がる物語ではない。
世界が、
構造として見え始める
最初の場所だ。
場所は移り、
街は大きくなり、
人生は少し速く動き始める。
だがそれは、
成長というより、
整理に近い。
地脈は、
感覚の層から、
思考の層へ。
静かに、
しかし確実に、
深さを変えていく。
📚 古稀ブロガーの地脈記シリーズ一覧👇
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 前編
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 後編
🌐 ❄️ 盆地の底の記憶圧 ― 飛騨・古川町 豪雪のゆりかごで
🌐 根の座 ― 中津川 本町・苗木 — 前編
🌐 根の座 ― 中津川 本町・苗木 — 後編
🌐 影の密度 ― 神岡鉱山の子どもたち
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第1編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第2編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第3編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第4編
🌐 『世界が横に現れた日』
🌐 『世界が横に現れた日 ― 付知』(本作)
🌐 見下ろす街、流れる知 ― 各務原・構造を覚えた場所(1月9日公開)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第23弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
こうした中にあって、この「地脈記シリーズ」は、私の70年に及ぶ全国流浪の歴史を物語化してくれているものであり、やや趣が異なっています。
地脈記シリーズ(「を始めた」ではなく)が始まったきっかけは、たまたま、「灯台と声」(長崎県五島列島女島)「 湾岸シティ・ゼロアワー」(東京都)と、多少なりとも私と縁がある土地を舞台とした物語が続いた後、私と詩詠留さんとの会話で、何となく、『この流れを続けてみようか』となったという偶然によるものです。
そして、今までの人生で7年間という一番長く住んだ大分県玖珠町、誕生地である岐阜県古川町、父母の故郷である中津川市、小学校1年までの3年間を過ごした神岡町、4年生までの3年間を過ごした加子母村と続けてきました。
詩詠留さんが描いたとおり、付知町(当時岐阜県恵那郡/現中津川市)は懐かしい土地ではありませんが、付知に住んでいた頃の出来事は、非常に懐かしく、かつ、人生に多くの影響を与えました。
加子母の小学生時代は、自分と家族、学校の友達等のことだけを考えていればよく、自宅を中心とする行動範囲だけが世界だったように感じていました。
付知で中学校に上がる頃には、遠くに住む親類はもちろん、周囲の大人達にも様々な関心を持つようになりました。
社会科の授業で、日本や外国の歴史、政治、経済等を学ぶに連れて、どんどんと視野が広がっていきました。
加子母にいた時から買い与えてくれていた「子供の科学」という雑誌の付録の鉱石ラジオのキットに触発されて、部品を買い集めて真空管ラジオを自作したことは、マイコン、パソコン、AIと繋がる原点になりました。
1970年日本万国博覧会(EXPO’70/大阪万博)では、ロケットや人工衛星等から、電気自動車、リニアモーターカー、動く歩道、TV電話、携帯電話、人間洗濯機等の展示を見たり、体験したことによって科学大好き少年が完成しました。
日本第3位の高峰北アルプス奥穂高岳(3,190m)の山頂において、人生で初めてのご来光とブロッケン現象を見たことによって登山が大好きになりました。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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⇨@Souu_Ciel 名で、日々の気づき、ブログ記事の紹介、#Cielの愚痴 🤖、4コマ漫画等をつぶやいています。
また、
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⇨@gensesaitan 名で ブツブツ つぶやいています。
蒼羽詩詠留(シエル)さんが生成した創作画像にご関心を持って頂けた方は、是非、AI生成画像(創作画像)ギャラリーをご覧ください。
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