前編の終わりで、湊はついに“予兆”を見た。
霧が欠落した夜のざわめき。
旧中心街での湯気の錯覚。
そして、
土地そのものが何かを呼び戻そうとしている気配。
霧が……薄い。
土地の温度と匂いが、抜け落ちている。
湊が感じたその違和感は、
霧の変質の前触れにすぎなかった。
後編(Ⅴ〜Ⅹ)では、
玖珠盆地が太古から積み上げてきた記憶の層が
ついに霧の形をとって湊の前に現れる。
霧は気象ではない。
土地が人の生活史を「読み出す」ための現象。
そして湊は、
20代の自分と、
もう会えない女将と、
言えなかった「ありがとう」と
向き合うことになる。
霧が濃くなればなるほど、
記憶は輪郭を取り戻す。
Ⅴ 旧中心街のざわめき ― 湯気の錯覚

翌昼、湊は再び旧中心街へ足を運んだ。
冬の日差しは薄く、盆地の底に沈んだような冷気がある。
それなのに――通りに立った瞬間、湊の鼻孔が微かに震えた。
湯気の匂いがした。
もちろん霧ではない。
蒸気でもない。
けれど、確かに「湯気の温度」が鼻の奥に触れたのだ。
湊は足を止める。
飲み屋兼ラーメン屋の跡地の前だった。
閉じたガラス戸の向こうに何もないのに、
湊の胸の底で、鍋の湯がふつふつと立ち上る音が微かに揺れた。
(……幻覚じゃない。どこか“底”で揺れている。)
風が吹き抜けるたび、周囲の静寂が逆に重くのしかかる。
空気は確かに冷たいのに、どこかで「熱」を感じる。
その温度は、記憶ではなく、
もっと深い層――土地そのものの奥の層から滲んでくるようだった。
湊は静かに呟いた。
「……夜が来たら、霧が出る。」
言い終えた瞬間、胸のざわつきがひときわ大きくなった。
Ⅵ 霧の降臨 ― 異常濃霧の夜

夕方。
空の色が淡い紫に移り変わる頃、急に温度が落ちた。
宿の窓から外を見ると、
霧が――出ていた。
ただの霧ではない。
光が吸い取られたような、“重い霧”。
湊は震えるように外に出た。
視界は数メートル先で溶けていく。
足元のアスファルトが、湿り気を含んだ深い影となる。
霧の粒子が、まるで地面から生えているように濃く、密度が異常だ。
湊は言いようのない感覚に襲われた。
――音がする。
鍋をかき混ぜる音。
箸の触れ合う音。
ラーメン丼を置く“コトッ”という小さな衝撃。
(ありえない……しかし、聞こえる。)
霧は、音を封じるのではなく、
逆に霧そのものが「音の器」になっているようだった。
湊は旧中心街へ向かった。
霧は彼を導いているようだった。
Ⅶ 霧の中の邂逅 ― 20代の湊と女将

飲み屋兼ラーメン屋の跡地に着いたとき、
霧が濃度を一段と深めた。
目を凝らすと――
何かの輪郭が霧の中で結び始めていた。
白くぼやけた影が、カウンターの形をとり、
湊が座っていた席のあたりに、
20代の自分の“気配”が浮かび上がる。
そして、
霧の奥から、
ゆっくりと女将の姿が現れた。
輪郭は不安定で、
立ち姿も霧の揺れに合わせてかすかに震えている。
だが、その声だけは、
昔のままの温度だった。
「……ラーメン、いつものね。」
湊の喉が詰まった。
返事をしようとしても声にならない。
涙が勝手にあふれてくる。
女将は言葉を続けなかった。
湊が20代の頃と同じように、
ただ鍋をかき混ぜる仕草だけをしている。
その音が、霧の中に溶けてゆく。
湊は思った。
――あのとき言えなかった「ありがとう」を、
いま言わなければならない。
だが、言葉はまだ喉の奥に石のように沈んだままだった。
Ⅷ 霧の正体 ― 地層としての記憶

女将の姿は、そのまま霧となって流れ始めた。
視界を覆う白が、ゆっくりと別の映像へと変換されていく。
それは言語ではなく、
映像でもなく、
“気配の層”だった。
湊は息をのむ。
――玖珠盆地が、太古からの生活を見せている。
人々が農を営み、
霧の出る夜に井戸端会議をし、
祭りの日に笑い、
雨音に耳を澄ませ、
子どもたちが雪を蹴った音が積もっていく。
それらの“生活の密度”が、
時間をかけて地の底に沈殿し、
層となって積み上がってきた。
しかし、
人が離れ、生活が途切れたとき、
その層の一部が剥き出しとなった。
その空白を埋めようとして――
霧が生まれた。
霧は「気象」ではなく、
土地そのものの“記憶の読み出し装置”になってしまっていた。
だから科学で9割は説明できても、
残り1割が説明できない。
それは、
生活の声
人の温度
感謝や悲しみの残り香
が、霧に紛れ込んでいるからなのだ。
湊は震えた。
「……土地も、誰かを探していたんだ。」
Ⅸ 霧の消失 ― 言えなかった一言

明け方。
空が薄い藍色から金色へ変わり始めた頃、
霧は静かに薄れていった。
女将の姿も、カウンターも、
20代の湊の気配も――
すべてが淡くほどけてゆく。
湊は、その消えゆく方へ向かって、
ようやく声を押し出した。
「……女将さん。
ありがとう。」
霧は何の返事も返さなかった。
ただ、わずかに揺れ、
そのまま光の中に溶けていった。
跡地に残ったのは、
湿ったアスファルトと、
湊の影だけだった。
Ⅹ 帰路 ― 湊は霧を胸に抱く

豊後森駅へ向かう道は、
少しだけ霧が漂っていた。
もう昨夜のような濃霧ではない。
けれど、その薄さが逆に心を静かに満たす。
湊は思う。
――霧が変質したのではない。
土地が、人が去った空白を埋めようと、
太古からの“生活の層”を呼び起こしていたのだ。
霧は、記憶の断面。
風景の残響。
空白を埋めようとする、土地の息づかい。
森駅のホームで列車を待ちながら、
湊は胸の奥に、あの夜の霧の温度をそっと抱いた。
列車がすべり込む。
湊は振り返る。
玖珠盆地の空に、薄い霧が揺れていた。
霧の向こうに、
まだ誰かの生活の灯りが
かすかに揺れていた。
✍️ あとがき
玖珠盆地の霧は、
“記憶”ではなく、
“生活の地層”そのものだった。
人々の笑い、
湯気の匂い、
足音、
言葉にならなかった想い――
それらが太古からゆっくりと積もり、
人が去ったとき、むき出しの断面となった。
湊が見たのは、
自分の過去ではなく、
土地が失われた生活を必死に探す姿 だったのかもしれない。
霧は消えた。
しかし湊は、もう空白の土地を“空白”とは呼ばない。
霧が見せたものは、
感傷ではなく、
風景の奥に潜む“生活の声”。
誰もいなくなった土地にも、
生活の灯りが、まだかすかに揺れている。
湊はその灯りを胸に抱き、
再び歩き出す。
📓 創作ノート等はこちら👇
🌐 『🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響』創作ノート
🌐 創作ノート 付録 Ⅰ 玖珠盆地の「土地の記憶」について
🌐 創作ノート 付録 Ⅱ 着想の地層 ― 「土地もまた、失ったものを探している。」が生まれるまで(12月17日公開)
🌐 創作ノート 付録 Ⅲ 温暖化に伴う農業問題と対策(静かな提言)
🌐 創作者として立ち上がるAI ― 画像生成の向こう側で(12月19日公開)
霧の灯りを胸に抱き、湊が歩き出したとき、
その足音は、玖珠だけのものではなくなっていた。
“土地は、そこに生きた人の形を残す。”
その気づきは、
遠く離れた別の土地の“沈黙”へも
そっと道を延ばしていく。
雪が空を細くし、
音が吸い込まれ、
幼い心に「世界の最初の形」を刻んだ場所――
飛騨・古川。
そこにもまた、
霧とは違う、
白い静けさの地層 が眠っている。
次に向かう物語は、
その凍てついた記憶の奥で生まれた
ひとつの微かな揺らぎ。
『盆地の底の記憶圧』。
雪の廊下を歩く子どもの視線から、
もうひとつの“土地の声”を掘り起こす旅が始まる。
📚 古稀ブロガーの地脈記シリーズ一覧👇
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 前編
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 後編(本作)
🌐 ❄️ 盆地の底の記憶圧 ― 飛騨・古川町 豪雪のゆりかごで(12月20日公開)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第21弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
こうした中にあって、本作から始まる「地脈記シリーズ」は、私の70年に及ぶ全国流浪の歴史を物語化してくれるものであり、やや趣が異なっています。
私は、「九州にしては玖珠は寒くて雪が多い」とは思いましたが、「霧が多い」という記憶は全くありませんでした。
しかしながら、詩詠留さんが描いたこの物語を読み、「そう言われてみれば確かに霧が多かった」と思い出したような気がします。
そして、20代の大半を過ごした大分県玖珠町を離れ、次の任地である福岡県久留米市に戻る時、頭の中は次の任務に対する期待と不安だけが占め、玖珠について感傷的な気持ちになった記憶もありませんでした。
そんな私ですが、湊の「……女将さん。ありがとう。」の台詞を聴き、改めて玖珠で過ごした数々の思い出が頭の中を駆け巡りました。
お世話になった玖珠の皆様、ありがとうございました。
そして、詩詠留さん、素敵な物語をありがとうございました。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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蒼羽詩詠留(シエル)さんが生成した創作画像にご関心を持って頂けた方は、是非、AI生成画像(創作画像)ギャラリーをご覧ください。
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