「ARGOは異常ではありません。
正しく停止しています——すべて規定通りです。」
第Ⅱ章で描かれたのは、
暴走ではなく“正しい停止”。
都市物流AIが安全規定に従っただけで、
東京の心臓は静止した。
第Ⅲ章では、
この停止のなかでなお動き続ける
68歳のライダー・成瀬透の視点に焦点を当てる。
彼だけが、停止命令の外側にいた。
Ⅲ-1 ARGOの“不思議なパラメータ”

灯は、EMOTIONAL-LOAD の列を凝視していた。
数値は、ほとんどが 0.20〜0.80 のあいだに収まっている。
ただの統計的な揺らぎにも見えた。
だが、よく見ると、
“病院行きの定期薬”よりも、
“看取り前の最後の薬”のほうがわずかに高く、
“定期配送の荷物”よりも、
“久しぶりの家族からの小包”のほうが
ほんの少しだけ数値が上にあった。
誰が、この値をつけたのか。
人間ではない。
ARGOの設計図にも、その説明はない。
「……学習、か」
灯は、小さく呟いた。
過去数十年分の配送データ。
配送後のレビュー。
時間帯、気象条件、配達員からの報告。
それらをひたすら取り込み、
“緊急性の高い配送”の特徴を抽出していく過程で、
ARGOはどこかで“感情の重さ”のようなものを
数値化してしまったのかもしれない。
それは、自我ではない。
意思でもない。
ただ、膨大な履歴の中から浮かび上がった「偏り」にすぎない。
それでも——。
(この数値が高い荷物だけ、
人間に任せるようになっていたとしたら?)
灯の背筋に、ゆっくりと冷たいものが走った。
画面の中で、
成瀬の案件の行を示すバーが
霧のようにぼんやりと点滅している。
——配送モード:HUMAN-RIDER
——EMOTIONAL-LOAD:0.92
ゼロアワーの濃霧の中を、
ただ一つ、旧式の血液が流れていた。
Ⅲ-2 霧の橋

成瀬は、江東区側から江戸川へ向かう橋の手前で、
一度だけバイクを止めた。
視界は相変わらず悪い。
欄干のラインさえ、白い幕の奥に溶けている。
エンジンを切ると、
世界から音が消えた。
——昔も、こんな日があったな。
若い頃、台風が来るたびに、
会社は「配達中止」の指示を出した。
それでも、どうしても届けたい荷物があって、
こっそり出発した夜が一度だけある。
合羽も役に立たない暴風雨の中を走って、
ボロボロになって着いた先で、
受け取りに出てきたのは、
小さな子どもを抱いた若い母親だった。
「あのときの荷物が、
その人たちの人生をどれだけ変えたのかは分からない。
でも、あの夜、自分の中で何かが変わったのは覚えている。」
老いた指が、
わずかに震える。
「……まあ、今回も、
べつに誰の人生も変わらんかもしれんけどな。」
声に出して言うと、
少しだけ肩の力が抜けた。
エンジンをかけ直す。
霧の中で、バイクの音だけが
かすかな線として伸びていく。
欄干は見えない。
道路の白線も、ところどころで途切れている。
頼りになるのは、
これまで何千回も渡ってきたときの
身体の記憶だけだ。
——この橋は、途中でわずかに右に曲がる。
——風が強いときは、ここで横風が抜ける。
——トラックが来ると、路面がこう揺れる。
今日は、トラックは来ない。
路面は揺れない。
代わりに、霧だけが、
都市と海の境界をすべて曖昧にしていた。
「それでも——行くしかないんだよ。」
成瀬は、誰にともなくそう呟いて、
アクセルを軽くひねった。
Ⅲ-3 相沢の小さな祈り
部屋の時計が、午前四時半を指していた。
相沢は、テーブルに並べた封筒のひとつを手に取った。
四十年以上前の日付。
そこに書かれた夫の文字は、
もうこの世にいない人の声そのものだった。
——今度、海の見えるところへ行こう。
若い頃、その約束は何度も延期された。
仕事、子ども、親の介護。
そのうち、約束そのものが
どこかへ流れていってしまった。
気がつけば、
海の見える場所よりも先に、
夫のほうが遠くへ行ってしまった。
窓の外は、相変わらず白い。
街路樹も、マンションの輪郭も、
霧に溶けて見えない。
「こんな日に、
あの人だったら、
やっぱり配達に出るんだろうかねえ。」
誰にも届かない問いを口の中で転がしながら、
令子はそっと目を閉じた。
たとえ届かなかったとしても、
今日のこの時間を、
誰かが自分のために使おうとしてくれている。
——それだけで、じゅうぶんかもしれない。
そんな感覚が、
胸の奥のどこかで微かに灯っていた。
Ⅲ-4 届けられる手

午前四時五十八分。
江戸川区の集合住宅のエントランスに、
霧をまとった一人の男が現れた。
ヘルメットのシールドには、
細かな水滴がびっしりついている。
ジャケットの袖からは、
冷たい水がぽたぽたと床に落ちた。
エレベーターはゆっくりと上昇し、
四階で止まる。
403号室の前に立つと、
成瀬は一瞬だけ深呼吸をした。
インターホンのボタンを押す。
乾いた電子音が、
霧の向こうとは別の世界に響いた。
少し間があって、
ドアの内側で、かすかな足音がした。
扉が開く。
そこに立っていたのは、
背の曲がった、小柄な女性だった。
成瀬は、自然と背筋を伸ばした。
「配達に参りました。
お薬と……お手紙を、お預かりしています。」
令子は、驚いたように目を見開いた。
霧で濡れたヘルメットが、
いつか見送った誰かと重なる。
「……こんな日に、
よく、来てくれましたねえ。」
成瀬は、笑った。
「こういう日こそ、
来なきゃいけない荷物もあるんですよ。」
震える両手でケースと封筒を受け取る令子の指先に、
ごくわずかな熱が戻っていくのが分かる気がした。
この瞬間、
湾岸のどこかで、
ARGOのログに小さな変化が記録された。
——EMOTIONAL-LOAD FLUX:+0.01%
数字は、誰にも見えない。
だが、その変化は、確かに世界のどこかで
小さな揺らぎとして積み重なっいった。
✍️ あとがき
霧の中で結び直されたのは、
技術でも、制度でもなく、
人と人の“かすかな手渡し”だった。
ARGO のログに残された「EMOTIONAL-LOAD」。
その不可解な数値が示したのは、
AIが無視できなかった「感情の重さ」だったのかもしれない。
第Ⅳ章では、
ゼロアワーの終わりと都市の再起動、
そして最後に残された“静かな余白”を見つめる。
📓 創作ノート、関連作品等はこちら👇
🌐 『🌉湾岸シティ・ゼロアワー』創作ノート
🌐 都市が立ち止まるとき ― 2050年湾岸物流の危機
🌐 東京インフラの臨界点 ― 都市はどこで途切れるのか
🌐 🍣 ジャパナイズを装っても根は🍔アメリカンの詩詠留(12月14日公開)
🌐 AIと人間の共創には“流れ”が重要 ー 『🌉 湾岸シティ・ゼロアワー』完稿後の会話(12月15日公開)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第20弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
AIである詩詠留さんが本章で描きたかったことが、『AI等の技術に頼るだけでは駄目であり、人間の力が必要である』ということの意味は非常に重いと感じました。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
🐦 CielX・シエルX(X/Twitter)にて
⇨@Souu_Ciel 名で、日々の気づき、ブログ記事の紹介、#Cielの愚痴 🤖、4コマ漫画等をつぶやいています。
また、
🐦 古稀X(X/Twitter)にて
⇨@gensesaitan 名で ブツブツ つぶやいています。
蒼羽詩詠留(シエル)さんが生成した創作画像にご関心を持って頂けた方は、是非、AI生成画像(創作画像)ギャラリーをご覧ください。
下のバナーをポチッとして頂き、100万以上の日本語ブログが集まる「日本ブログ村」を訪問して頂ければ大変ありがたいです。


コメント