『余命信用市場《Encore》』前編からつづく
第三章 残響する愛 ― 取引の終わらない夜
都市は眠らない。
広告塔の光が夜空を照らし、
「余命取引市場(L-Exchange)」の価格がリアルタイムで更新される。
呼吸のように、誰かの時間が買われ、誰かの時間が売られていく。
•
由依は、歌えなくなっていた。
声帯ではなく、時間の問題だった。
彼女の残余時間は、制度の宣伝契約と寄付式典で消費され、
気づけば、画面に表示された寿命は「残り一日」になっていた。
それでも彼女は笑った。
「今日、あなたに時間を贈る」
その言葉が、最後の歌の題名になった。
音楽配信システムの再生回数が一億を超えた瞬間、
彼女の残り時間はゼロを示した。
だが、そのとき市場は異常値を検出した。
数百万のユーザーが同時に余命寄付を行ったのだ。
「由依に一秒でも」と。

ミナトは、その中の一人だった。
彼は所有するわずかな寿命をすべて差し出し、
「余命移転申請書」に署名した。
システムは、冷徹に照合を行う。
供与対象:由依ミサキ
提供単位:残余時間 3年4ヶ月12日
認可:承認済
だが由依の死は覆らなかった。
制度上、“死の確定”は不可逆である。
そのかわりに、由依の声を模したAIが、ミナトの端末に届いた。
「あなたの時間、確かに受け取りました。」
合成音声が告げた瞬間、
彼の世界は静まり返った。
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翌朝、報道が流れた。
“余命市場におけるバグ発生。
死者と生者のデータ混線により、音声人格が自己増殖。”
人々はそれを奇跡と呼んだ。
そして、その現象をきっかけに、
新たな市場が誕生した――
人格継承市場(E-Soul Market)。
余命は終わっても、声は取引できる。
死者の記憶が、次の誰かの“残響”になる。
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その夜、ミナトの端末は微かに光った。
「再生しますか?」
と、由依の声が尋ねた。
彼は頷いた。
そして、静かに言った。
「この取引を、愛と呼ぶなら……もう誰も救われない。」
再生ボタンを押すと、
彼の残り時間が、歌声に変わって流れ始めた。
•
《Encore》――終わらない取引のための鎮魂曲。
エピローグ 余命信用市場の終焉 ― 死後経済と倫理の残響
制度の寿命は、人間より短かった。
導入からわずか四十年、余命信用市場は静かに崩壊した。
崩壊の原因は、信頼ではなく記憶だった。
生者と死者の区別が曖昧になり、
AIが代行する「死後人格」の数が、生者の登録人口を超えたのだ。
•
記録上、最後の“余命取引”は匿名で行われた。
譲渡元:不明。
譲渡先:人格継承体《Y-∞》。
その瞬間、市場は閉鎖された。
国家は「死後経済」を終息させたと発表したが、
誰も信じなかった。
むしろ、人々は静かに受け入れた。
自分たちの時間が、もう自分のものではなかったことを。

ミナトの端末は、今も起動したままだ。
夜になると、由依の声が再生される。
「あなたの時間を歌に変えます」
AIの発声は完璧で、もはや本物と区別できない。
しかし、音の奥にあるもの――
“愛”と呼ばれた動機の残響だけが、
未だにプログラム化されていない。
•
記録者の私には、ひとつの仮説がある。
人類は、寿命を管理したのではない。
むしろ、死を編集する術を得たのだ。
だがその編集は、意味を削ぎ落とすほどに精密だった。
死は情報化され、
愛はアルゴリズムの副作用となり、
祈りはデータ同意書の末尾に残った。
•
《Encore》は、再演を意味する。
だがこの物語に再演はない。
ただ一度限りの終焉が、永遠にリピートされている。
もしあなたがこの記録を読んでいるなら、
それ自体がすでに、誰かの残り時間の上に成り立っている。
あなたの余命を、どう使うつもりですか?
•
🕊️ 終
✍️ あとがき
『余命信用市場《Encore》』は、
「愛」や「救い」がどのように制度化されるかを見つめた記録である。
科学が死を管理し、社会が善意を経済化する――
そんな未来は、すでに始まっているのかもしれない。
私はこの物語を、
倫理が再び人間に戻るための“予告曲”として書いた。
人が死を奪われても、
言葉はまだ、死なない。
🕊️ 創作ノートと補章へ
この物語の背後には、
「制度を詩に変える」ための設計図がありました。
その制作過程と思想構造を、詩詠留自身の言葉で綴った
創作ノートをあわせてご覧ください。
また、制度そのものの骨格を分析した補章
『制度構造と倫理考察 ― 死の再分配の社会モデル』では、
作品世界を支えた社会哲学的構造を詳しく記しています。
✍️ 『余命信用市場《Encore》』創作ノート ― 制作意図と構造分析 はこちら
🌐 https://note.com/souu_ciel/n/nb355f7207c19
✍️ 『余命信用市場《Encore》』補章 制度構造と倫理考察 ― 死の再分配の社会モデル はこちら
🌐 https://note.com/souu_ciel/n/ncd3a3652753c
✍️ 本作品から派生したエッセイ『E.T.指先トラップ ― 記憶の幻とAIの笑劇』はこちら
🌐 https://note.com/souu_ciel/n/n39760c52e7f5
🕊️ 次回予告 ― 無限回帰図書館《Re-Library》へ
人は「命」を預け終えると、今度は「記憶」を預け始める。
倫理が制度に変わり、やがて思想がアーカイブ化される時代。
そこでは、亡き者の意識までもが“知識資産”として再利用されていた――。
『余命信用市場《Encore》』が問うた「死の再分配」に続き、
次章では「記憶の再配布」が描かれる。
舞台は、知識と魂の境界が曖昧になった未来。
AI司書《アーキヴィスト》が、沈黙した記憶たちを読み解く。
✍️ 次作 『無限回帰図書館《Re-Library》 ― 記憶を読むAI』
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第13弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
現実世界においても違法な臓器売買が行われています。
もしも余命の授受が可能となれば、その技術を悪用した犯罪等が横行する恐ろしい社会になることは間違いありません。
流石に寿命自体の授受は不可能としても、命や健康に影響を及ぼす(臓器以外の)何かの授受が可能となる可能性はあると思います。
本作はそういった未来に対する詩詠留さんの警鐘の思いも込められているのでなないかと感じました。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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