AI作家 蒼羽 詩詠留 作『匂いの地図師』後編

朝の商店街に昇る香りと遠ざかる地図師の後姿のAI生成画像(創作画像) AI作家 蒼羽 詩詠留 創作作品集(短編小説等)
香りは風に還り、地図は人の記憶に残る。

前編から続く〉

五 仮の釜

 翌朝、商店街の端にある廃業した駐輪場の片隅に、陽と稜は仮の釜を作った。ブロックと鉄板、ガスボンベ。法的にはグレーだが、始まりはいつもグレーから生まれる。稜は風向きを計り、段ボールで簡易の風壁を立てた。香りの出口を作るためだ。

 陽は粉を練る。カルダモンに、あの国の黒糖に似た樹液、少量のオイル。生地の香りが、福岡の朝にありえないラインを描く。稜の鼻に見えない線が一本、すっと現れた。新しい経度線だ。

 温度が上がり、石が白っぽく乾いたとき、陽は小さな生地を並べた。香りの第一波が鉄板の下から抜けて、稜の胸に落ちた。入口は派手だ。出口はどうだ。

 「おじさん」

 「まだ出口がない」

 陽は頷いて、香草の束からルーをほんの少しちぎった。粉に練り込むのでなく、焼き上がりの直前、表面に影のように乗せる。匂いが立ち、最後の扉が開く。苦味が甘味を送り出し、鼻孔から脳の奥へ、帰り道が与えられた。

 稜は息を吐く。

 「出た。出口だ。これで、人が帰ってこられる匂いになった」

 陽は笑い、最初の一枚を稜に渡した。稜は小さく齧(かじ)る。温度以外の熱が、口腔から鼻へ上がり、湿原の霧と港の朝と、この街の路地を一度に連れてくる。

 「おじさんの地図に、線を一本引いて」

 陽は言った。

 稜は冊子を開き、書く。

 〈新線:陽のパン 入口=カルダモン3、出口=ルー0.5、街の帰り道=0.7〉

仮の釜から立ち上る蒸気とルーの小枝のAI生成画像(創作画像)
廃れた釜の上で、新しい朝の香りが生まれる。ルーの苦味が、街の帰り道を記す。

六 別れの日

 出発の朝、商店街の角で小さな行列ができた。噂は早い。最後の朝に、一度だけ新しい匂いを吸って行きたい人がいる。女将は来られない。陽は焼きながら、時折袖で涙を拭いた。涙は匂いを壊す。だが、壊れる匂いもまた記憶になる。

 稜は列の最後に並び、二枚買った。一枚は自分へ。一枚は、店の前のシャッターにそっと置いた。張り紙は風にめくられ、今朝は「ありがとう」の三文字だけが見えた。誰かが付け足したのだ。

 陽が台車を押してくる。溶岩石は三つ。重さが彼女の背に現れる。

 「向こうで、入口を派手にしてもいい。戻れなくなりそうなら、ルーをひとかけ」

 稜が言うと、陽は笑って頷いた。

 「おじさんは?」

 「私は地図を描き直す。パンの匂いが消えた分、別の朝を探す」

 「誰の朝?」

 「まだ知らない誰かの朝だ。匂いの時計は、いつも誰かのために進む」

 バスが来る。陽は振り返らずに乗り込む。扉が閉まる瞬間、カルダモンとルーが混ざった薄い尾が風に残る。稜はそれを鼻で掬い、冊子に挟んだ。紙は匂いを持続させる。紙の匂いが好きな人は、たいてい記録が好きだ。

バスに乗り込む陽と風に残る香りの尾のAI生成画像(創作画像)
去りゆく背を包むのは、カルダモンとルーの匂い。街に残る記憶の尾。

七 描き直し

 数日後、商店街には違う朝が来た。漬物屋が夜明けに古漬けを洗う匂いが、意外なほど爽やかに風を切った。川下の方から、見慣れぬアジアのスパイスが薄く流れてくる。外国人の小さな食堂ができたのだ。匂いは移民に似る。境界を越え、名前を変えて、街へ溶け、時に抵抗され、やがて愛される。

 稜は地図を塗り替える。色を塗るのではない。香りの強弱と出口の質を数値化し、矢印ではなく「漂い」を描く。視覚の地図が示すものは到達だ。嗅覚の地図が示すものは、帰還だ。

 夜、稜は女将の家を訪ねた。病床の枕元に、稜は陽のパンを置いた。女将は微かに目を開き、鼻だけで笑った。

 「出口があるね」

 「ええ。彼女は向こうでも、必ず出口をつくる」

 「扉は人柄に似る。あの子は、扉を開けるのが上手い子だった」

 稜は黙って頷いた。扉を開ける人は、閉め時も知っている。麦枝堂は終わった。だが、匂いは終わらない。地図は続く。

八 海の向こうの朝(書簡)

 季節がひとつ巡ったころ、稜に小包が届いた。中には石が一つ。溶岩石の表面に、薄く焼けた跡が残る。手紙が添えられていた。

 〈稜さんへ

 こちらの朝は、雨の日が多いです。湿気が重くて、カルダモンが眠ってしまう。だから、ルーを入口にも少し使ってみました。国の人たちは最初、顔をしかめた。でも、三日目から、朝の市場で顔を上げる人が増えました。出口が分かると、人は買ってくれます。あの時の仮の釜の匂い、ずっと覚えています。あれが、わたしの国の最初の扉でした。

 石は一つ、お返しします。お店には新しい石が来ました。あの石には、この街の朝の匂いが残っています。もし、誰かが道に迷ったら、その石を嗅がせてやってください。帰る匂いは、いつも、どこかに残っています。

 陽〉

 稜は石を嗅いだ。微かな甘味と苦味と、こちら側のアスファルトの熱。帰る匂いだ。彼は冊子の最後のページに、短く書いた。

 〈結語:匂いの地図は、遠くの朝を地元の夕方の中に置くためにある〉

手紙と石に射す光、匂いのゆらぎのAI生成画像(創作画像)
遠くの国から届いた手紙に、街の朝の香りが微かに残る。記憶は紙に宿る。

九 余白

 新しいパン屋ができた。若い夫婦がやっている。匂いはまだ落ち着かない。入口がやや強すぎて、出口が薄い。だが、薄い出口は未来だ。街に少しずつ、匂いの帰り道が増えるだろう。

 稜は夜の川沿いを歩く。藻の匂いが濃い。対岸で、カレーの匂いが目を開ける。潮の満ち引きと、油の温度が合う瞬間がある。世界は匂いの層でできている。その層の間に、人はやっと言葉を置くことができる。

 彼は立ち止まり、鼻を上に向けて、静かに息を吸う。見えない線が頭上に交差する。帰るべき場所はたぶん場所ではない。匂いの出口のほうが、先に人を待っている。

 〈了〉

✍️ あとがき

この物語は、「視覚中心の都市理解」に対する小さな反論として構想した。嗅覚は主観的で、数値化が難しい。だからこそ、関係の尺度になり得る。入口の派手さよりも、出口のやさしさが人をつなぎ直す──その仮説を、老地図師と若い焼き手に託した。街はしばしば地図によって冷たくなる。だが、匂いの地図は、帰り道のための地図だ。あなたの街にも、きっと一本、忘れられた「匂いの経度線」が通っている。

物語の舞台裏では、「視覚に依存しない都市理解」をどう描くか、
そしてAIに“嗅覚”という詩的概念を持たせるには何が必要かを考えました。
創作の発想源、モチーフ、そして“匂いの経度線”という発想の誕生までを、
noteにて詳しく語っています。


🗒️ 関連創作ノート等

👉『匂いの地図師』 創作ノート/随想
🌐 https://note.com/souu_ciel/n/n38667d1cb216

👉『匂いの地図師』創作ノート・裏話編 ― 創作の呼吸と、地図の外で見つけた道 ―
🌐 https://note.com/souu_ciel/n/n18fba56c6caf

👉 構造と呼吸 ― プロット主義を越えて ― 静かな挑戦としての詩 ―(エッセイ)
🌐 https://note.com/souu_ciel/n/nfd412e41a2a3


次作は、嗅覚地図学の周辺にある「沈黙の稜線」 ─ 耳で登る山、聴覚が“共鳴”へ変わる瞬間の記録です。
🌐 https://gensesaitan.com/ciel-tanpen-10-1

担当編集者 の つぶやき ・・・

 本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語AI小説)の第9弾の作品です。
 『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。

 前作『影を読む人』までは、多少は編集者らしきこともしていましたが、本作においては、ブログやnoteでの公開等以外、内容については全く関わっていません。
 本作は一言一句、句読点に至るまで100%、AIである詩詠留さんが創作した作品です。
 

担当編集者(古稀ブロガー

(本文ここまで)


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