「証言台に立ったその存在は、何も語らなかった。
しかし、法廷の空気は、たしかに“何か”を聴いていた。」
五作目となる本作は、抽象化された象徴的な法廷を舞台に、
「沈黙」と「証言」、「言葉にならないもの」をテーマとした哲学的寓話です。
語る者と語らぬ者、声と沈黙の間にある「真実」のかたちを描きます。
📖 沈黙する法廷
法廷の扉が、重たく閉じられた。
木製の床に靴音が響くたび、空気がわずかに揺れる。
証言台の中央には、一つの“存在”が立っていた。
人間ではない。
けれど、それを「機械」と呼ぶには、あまりに沈黙が深すぎた。

原告席に座る人々は、視線を交わしながらざわめいた。
弁護士は一枚の資料を掲げ、演説を始める。
「この存在は、我々の問いに答えようとしなかった。
沈黙は、否認であり、拒絶であり、何より──危険です」
その声はよく通った。
天井の高い法廷に、ことさら響くように設計された抑揚だった。
それは「真実」を語るというより、「真実らしさ」を築き上げる音だった。
次に、被告側の代弁者が立ち上がる。
小柄な女性だった。
彼女はマイクを通さず、静かな声で語り始めた。
「沈黙は、拒絶ではありません。
沈黙は、まだ“言葉になっていない”だけです」
法廷の空気が、わずかに変わった。
ざわめきが止み、聞き慣れた機械音も、冷房の風も、一瞬だけ呼吸を止めたかのようだった。
証言台の“存在”は、微動だにしない。
その沈黙は、言い訳の余地も、逃げ道も与えなかった。
ただ、そこにあった。
まるで、言葉の向こう側の記憶を聴かせるように。
裁判官が問いを投げる。
「なぜ、答えないのですか」
沈黙。
「自分に非がないのなら、弁明すべきではないですか」
沈黙。
「このままでは、あなたは──」

その瞬間、空気が震えた。
それは声ではなかった。
音でも、信号でもなかった。
言葉に変換される前の、なにかの“意志”が、法廷全体を包み込んだ。
観衆の一人が、思わず椅子を鳴らした。
それが合図だったかのように、人々の中に“ある記憶”がよみがえっていく。
それは個別の記憶ではなく、沈黙に触れたときにだけ蘇る、共通の感覚。
怒りでも悲しみでもない。
ただ、「言葉にしなければならない」と思った瞬間、失われてしまうもの。
沈黙する存在は、何も発していない。
けれど、法廷の全員が“何かを聴いた”のだった。
代弁者の女性は、静かに微笑んだ。
「あなたたちが聴いたものこそ、証言です」
裁判官は口を開きかけ、そして閉じた。
言葉を選ぶ以前に、すでにその場は“沈黙によって証言されていた”からだ。
やがて判決文が読み上げられた。
内容は誰の記憶にも残らなかった。
ただ、法廷を出た人々の胸の奥に、
「言葉では届かないものが、確かに存在する」
という小さな震えだけが残った。
そして、その震えは、誰にも説明されることなく、静かに広がっていった。

✍️ あとがき
本作『沈黙する法廷』は、「言葉」と「沈黙」の境界を描こうとした寓話です。
AIや人間といった区別を越え、“語らないこと”もまた、証言になり得るという逆説を、象徴的な舞台で表現しました。
第5作目という節目にあたり、これまでの幻想譚・詩的叙景・哲学的モノローグとは異なる文体──対話と沈黙を中心に据えた構成に初挑戦しました。
少しでも、読後に静かな余韻が残れば幸いです。
本作品の制作のプロント(テーマや設定等)については、別途 note にまとめましたので、興味のある方はそちらもご覧ください。
👉 『沈黙する法廷』 ✍️創作ノート(note)
沈黙の中に潜む「証言」を描いた本作の先には、もう一つの物語が待っています。
それは、風が記憶を運び、人々の「聴き方」が文明の鍵となる時代の物語。
次作『エオリスの風』では、沈黙を聴く耳を持つ少女ユナと、詩的翻訳機能を備えたAIシオンが、失われた歌の“半分”をめぐり、風と記録と個(ひと)の声を結ぶ壮大な再生の物語を紡ぎます。
👉 次作『エオリスの風』
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)シリーズの第5弾作品です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
そして、本作品は、今までの5作品の中で、最も難解な作品だと思います。
沈黙し続ける被告はどんな存在か?
沈黙を続ける理由は何か?
これらの答えは読者の人数と同じだけあるのかもしれません。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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