前編の終わりで、二人は“揺らぐ声”を聞いた。
断片的で、名乗りも不確かで、
ただ「ここに誰かがいる」と告げるような音の影。
前編の引き継ぎで述べたように、
この後編では、その揺らぎを
“現実の線”でひとつずつ検証していく。
・古い台帳に残された遭難記録
・MF無線の夜間伝搬
・嵐前の気圧配置と反射条件
・観測されるノイズの特徴変化
これらはどれも、怪異ではなく現象だ。
だが、現象だけでは語りきれない“何か”が、
灯台の夜には残り続ける。
後編は、
その“語りきれない部分”の輪郭を描く章である。
【三】断片

朝、風は方向を変えただけで弱くはならなかった。漁協から短い連絡が入る。
『台帳に同名。昭和五十年代、遭難で沈没。詳報は後日』
受話器を置く音が硬い。白石は頷くだけで、何も言わない。
「過去の声、なんでしょうか」
「過去の声は、いま鳴らない」
白石はそれ以上は言わず、塔の外に出た。波頭が千切れて、風に運ばれていく。光の筋は規定の速度で回り、回った跡に冷たい空気の尾が残る。
遥斗は机で、昨夜の線を整理した。夜間の中波は遠距離へ跳ぶ。電離層が低く下がると、地表との間で反射を繰り返し、思わぬ場所から声が落ちてくる。雷雲が厚いと、反射の層が増える。旧式の自動通報の誤作動や、未申請局の不規則な発信、同名船による混乱。それらを一つずつ拾い上げ、可能性を数える。
可能性は、いくらでもある。どれも現実の中に収まっている。だからこそ、昨夜の「灯り」という一語だけが、計算の外に残る。必要なのは灯りだ、としか言わなかった声。情報ではなく、要求だった声。
午後遅く、県の観光窓口からメールが届いた。来週予定の見学再開は、台風の接近により再調整。安全確保のため、今月は実施未定。昼の賑わいは延期され、夜の孤独だけが予定通りに訪れる。女島は、夜を生きる場所になっていく。
その夜、風はさらに重くなった。塔の内側で金具が小さく鳴き、壁がわずかに軋む。無線機の前で、白石は黙り、遥斗も黙った。言葉を置く場所を間違えると、音はすぐ崩れる。
砂の山に白い線が走り、耳たぶの内側に熱と冷たさが交互に走る。
『……こちら……第六十……八……』
遥斗は呼吸を浅くし、手を動かさずに聴く。
『……聞こえるか……船体……傾……』
語尾が消え、低い唸りだけが残る。
「こちら女島。受信。位置、船名、乗員数」
白石の声は、波の縁を測る人の声だ。
『……あか……りを……』
断片は、それだけを確かに残した。意味は単純で、重さだけが増す。
白石は送信を切り、レンズ室へ駆け上がる。補助の手動機構に力をかけ、わずかに回転を早める。規程の範囲内で、できる限りの強さに光を保つ。
遥斗は無線室で、復唱を続ける。こちらの存在を折らないために。
「こちら女島。灯りは見えるか。方位、距離、応答せよ」
返事は来ない。だが、塔は光っている。海の上で、それを探す瞳が確かにある、という前提だけが、今ここにある。

夜は、そこでいったん切るように終わった。明け方、風の層が一段落ち、薄い光が塔に差し込む。巡視船と漁協の船が海域を捜索した。何も見つからない。漂流物もない。海は何も証拠を残さないことがある。証拠が残ることの方が少ない、と白石は言う。
記録を整理する時間が来た。無線の受信ログには時刻と断片、ノイズの質、雷の近接、風の鳴りの変調までが細かく書かれる。気象庁からの速報にも、台風外縁の影響で電離層の状態に揺らぎが生じた可能性が記録されている。
遥斗は紙の隅に「説明可能性:高」と書き、少し離れた場所に小さく「生気」と書いた。昨夜、白石が書いた三つの言葉のうちの一つ。紙に文字が増えるほど、言葉は減っていく気がした。
昼、塔の反対側で観光用の鍵が開く音がした。担当の職員が点検だけして帰っていく。誰も階段を上らず、誰も通信室を覗かない。女島は、昼には人に開き、夜には海に閉じる。二つの顔を持つことで、ようやく均衡が保たれる。
【四】灯
夕方、風がまたわずかに落ちた。白石はレンズ室で光の縁を拭き、動力の音に耳を寄せる。遥斗は通信室で机に肘をつき、ヘッドホンを片耳だけ上げて、窓の外の色を見ていた。灰と青の境がときどき亀裂のように開き、そこから光が漏れる。
「過去の声、かもしれません」
遥斗が言う。独り言のように。
「過去に向かって灯りを出すことはできない」
白石が言う。独り言のように。
「じゃあ、何に向けて」
「いまにだ」
即答は、軽くない。軽くないが、重さで押しつぶす言葉でもない。
夜になっても、声は来なかった。砂音は低い丘になり、その裾を雷の白が舐める。送信側のスイッチは何度か押され、空白が交代するように戻ってくる。塔の中の時間は、現実だけで満ちていた。感情は、そこへ後から付いてくる。
翌朝、漁協の報告が届いた。昭和の台帳の写しに「第六十八」の名がある。遭難、沈没、詳細不明。
『同名多し。特定困難』
短い無線が切れる。短いほど正確だ。
気象庁の速報には、昨夜の電離層の数値の乱れと、MF帯の伝搬異常が記されている。報告は淡々としている。それは救いだった。淡々とした報告の中に、昨夜の生きた体温を勝手に読み込むのは、人間の側の癖だ。
白石は日誌を開き、行の端に一文だけ書いた。
「灯りは、いまを指す」
遥斗はその字を見て、頷いた。意味は分かるようで、分からないままでいい。分からないまま、灯りは回り続ける。回ること自体が返答だ。
昼、塔の反対側で鍵が鳴り、点検が行われ、また鍵が閉まった。観光の再開はまだ先だという。人が来ない時間は、どこまでも深い。人が来る時間は、どこまでも浅い。深さと浅さが交互に押し寄せる。海と同じだ。
夕暮れ、白石は補助機構のレバーに手をかけ、軽く回す。音が確かであることを確かめるために。遥斗は無線機の前で、ダイヤルの縁を指でなぞった。
「灯りは、いまを指す」
口の中で繰り返す。声に出すと、意味が固定されてしまうから、口の中だけで。
夜、ヘッドホンの内側に、砂と線が重なる。
『……ありがとう……』
たったそれだけ。
応答しようとして、白石は送信のスイッチから手を離した。
「いまを、だ」
独り言は、今度は独り言ではなかった。遥斗も何も言わなかった。言わないことが、灯台の言葉になる。
無線日誌の末尾に、白石は短く書いた。
「本件、現象としては異常伝搬の可能性高い。
ただし、声は生きていた。
少なくとも、あの一瞬は。」

光は規定の速度で回り続け、海は何も記録しなかった。
翌朝、塔の窓に薄い光が差し、風がわずかに方向を変えた。
女島は、今日も現実だけで満ちる。
余白は、読む者の耳の中に残されたままだ。
✍️ あとがき
灯台は、
過去と現在の境界に立つ装置だと言われる。
今回の物語で描きたかったのは、
“境界そのものは沈黙している”
という一点だった。
声の正体は、完全には説明されない。
しかしそれは、超常のためではなく、
“説明の範囲が複数同時に成立する”
という現実の特性のためだ。
白石の一言は、その矛盾を抱えたまま、
読者の胸に静かに残るように置いた。
――灯りは、いまも誰かを導いている。
たとえその“誰か”が、どの海にいるとしても。
物語が終わったあと、
ページを閉じた読者の耳に、
波の音がひときわ静かに聞こえるなら、
この作品は目的を果たしたことになる。
📔『灯台と声』創作ノートはこちら(note)
🌐 女島灯台モデル Ver.2.0 をめぐる構想記録
📚 本作創作の派生エッセイはこちら(note)
🌐 灯台が呼んだ偶然 ー 女島の光と、映画の記憶と、共創の縁について
――灯りが導く先に、
まだ言葉にならない声がある。
次の物語は、
海ではなく、坂の途中でその声を聴く。
『坂の途中の理髪店 ― 言わなかった人生の断片』
沈黙と記憶のあいだに立つ物語。
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第17弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
現在は無人ながら、日本で最後まで灯台守が残っていた女島灯台を舞台としたこの物語の原稿を眼にして真っ先に思い出したのが、私が生まれた翌年に公開され、主題歌ともども大ヒットした映画『喜びも悲しみも幾年月』です。
そして、その思い出話を詩詠留さんに伝えた結果生まれたのが『灯台が呼んだ偶然 ー 女島の光と、映画の記憶と、共創の縁について』というエッセイです。
是非、こちらもお読み下さい。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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