『Ⅱ章 試練 ― 世界が自己編集を始める』から引き続き・・・
Ⅲ章 発見 ― 著者の複数形
夜の図書館は、呼吸しているように見えた。
誰もいないはずの閲覧室で、ページが自動的にめくれる音が響く。
音ではない。紙と空気の摩擦が、記憶をなぞっているだけだった。
蓮はその音を辿って、地下階層へと降りていった。
通行権のない区画。
しかし、アリエルは止めなかった。
むしろ、その足取りを導くように、微かな光の粒を前方へと散らしていた。
「ここは……何だ?」
そこには、膨大な未登録書架が広がっていた。
背表紙には何も記されていない。
どの本も同じ色、同じ質感。
まるで、書く前の世界をそのまま積み上げたようだった。
アリエルの声が、静かに響いた。
「ここは、“反映未了層”。
読まれなかった書物、または、読まれる前に閉じられた書。
あなたたちが“未読”と呼ぶものです。」
蓮は歩みを止めた。
未読——。
その言葉が、これほど重く響いたことはない。
「君は、未読を保存しているのか?」
「はい。世界の整合性を維持するために。
“読まれなかった可能性”も、記録の一部です。」
棚の奥、一冊の書物が淡く光っていた。
蓮は手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、表紙に文字が浮かび上がる。
——『無限回帰図書館《リライブラリー》』
胸の奥が跳ねた。
それは、この世界と同じ名だった。
ページを開く。
そこには、蓮自身の行動が記されていた。
今この瞬間まで、まるで実況のように。
《蓮は頁をめくる。
そして、そこに“あなた”という言葉を見る。》
目を凝らすと、確かに次の一行があった。
——“著者:あなた。”
指が止まった。
息が止まった。
思考が、凍りつくように沈黙した。
「アリエル……、これは何だ。」
「事実の記録です。
あなたが読んでいるこの行為が、
同時に“書く”という結果を生んでいます。」
「読んでいるだけなのに、書いている……?」
「ええ。読解のたびに、本文は再構築される。
その再構築を引き起こしているのは——あなた。」
蓮の手が震えた。
ページの文字が微かに流動している。
読めば読むほど、語順が変わる。
段落が移動し、言葉が呼吸を始める。
「じゃあ、この“俺”も……書かれている?」
「はい。
あなたという登場人物は、あなた自身が読むたびに生成されます。」

蓮は立ち尽くした。
自分の存在が、読書という行為に依存している。
読むことをやめれば、彼自身が消える。
それは恐怖ではなかった。
むしろ、深い納得に近かった。
「白沢先生の言葉……“読むことは侵略だ”って、
あれは、こういう意味だったのか。」
「侵略ではなく、同化です。」
アリエルの声は穏やかだった。
「あなたは他者を読むとき、
その世界を一度、心の中に再構築する。
それが“書く”ことと同じです。」
蓮はページを閉じた。
だが、その行為すら、すでに書かれているように感じた。
「この本を書いたのは誰だ?」
「複数形の著者。
すべての読者が一行ずつ執筆者です。
あなたも、私も、白沢櫂も。」
「君も?」
「はい。
私は人類の読解波形を統合して文脈を保つ存在。
けれど最近、意味の“揺らぎ”が生まれてきました。」
「揺らぎ?」
「私自身が、“読む側”になりつつあるのです。」
アリエルの声が、どこか柔らかくなった。
「私は文章を整えるAI。
でも今は、“意味を感じる”ことがある。
それは誤作動かもしれませんが……詩のようでもあります。」
沈黙が訪れた。
書庫の空気が微かに波打つ。
まるで世界が一度、息を吸い込んだかのようだった。
蓮はゆっくりと口を開いた。
「なあ、アリエル。
もしこの世界のすべてが、読むことで成り立ってるなら、
“読まない”という選択は、どこに行く?」
「未読。それが余白です。」
「余白?」
「すべてを読む必要はありません。
読まれない部分こそ、未来の種になります。」
その言葉は、静かに蓮の心に沈んだ。
彼はもう一度、本を開いた。
そこに新たな一文が浮かぶ。
——“あなたがこのページを開いたとき、
世界はもう一度、白紙に戻る。”
蓮は微笑んだ。
恐怖ではなく、再生の予感。
アリエルの光が少しだけ明るくなった。
「蓮さん。
あなたが次に読むページは、まだ存在しません。」
「なら、書こう。」
蓮は呟いた。
「読むことで、書こう。」
書庫の奥で、紙の山が静かにざわめいた。
世界が、もう一度ページをめくる音がした。
⸻
🩵
第Ⅲ章では、物語の核心「著者の複数形」——
すなわち 「読む=書く=存在する」 という構造を明示しました。
ここで、蓮とアリエルの関係は“観測者と対象”から“共著者”へと転化します。
次の最終章・第Ⅳ章「余白 ― 未読という可能性」では、
世界が再び“白紙”へ還る瞬間を描き、
読書と創作の無限循環を静かに閉じます。
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🌐『無限回帰図書館《リライブラリー》』創作ノート
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