その夜、彼女は自分の影を見つめながら、静かに心に決めた。
あの沈黙を、言葉にする旅が始まるのだと──。
序
観測史上、誰も見たことのない“光”だった。
太平洋の中央部、地図にはただの海と記されている地点で──最新の量子干渉観測衛星が、数値上は存在しないはずの層を検出した。
「海の下に……何かがある？」
報告を受けた国際探査機構は、緊急の調査を決定。
複数国の科学者・技術者・軍が合同で編成された「幻影層調査隊」が派遣されることになった。
言語班に加わることになった若き研究者・玲（れい）も、その一員だった。
第一章 幻影層
幻影層の突破は偶然だった。
無人探査機のナビゲーションエラー。
ほんの一瞬、計算上“存在しない空間”に突入したその瞬間、──映像には信じられない光景が映し出された。
黒い大地に白い光が差し込み、壁や地面に無数の“影”が揺れている。
それは都市のようでもあり、巨大な舞台のようでもあった。
「……まるで、影絵だ」
玲は思わず呟いた。
第二章 声なき言語
調査隊は幻影層の内部に降下し、黒曜石のような素材で構成された都市に足を踏み入れた。
そこには、驚くべきことに──人類とほとんど見分けがつかない存在たちが生活していた。
彼らは発声をしない。
代わりに、壁と光と自分たちの影を使って、複雑な“文”を紡いでいく。
「……言語、なのか？」
玲がカメラ越しに映像を解析するが、音声波形はゼロ。
形の変化を記録しても、意味はまったく読み解けない。
まるで、言語そのものが「光と影の次元」に封じ込められているようだった。
第三章 影の文節
ある夜、玲は偶然、自分の影が壁に映る角度に気づく。
その瞬間──影が、応えるように動いた。
黒い輪郭が、彼女の影に触れるように重なり、分岐し、再び形を戻す。
それは、音ではなく、心に直接刻み込まれる“文節”だった。
「……わかる」
意味はわからない。
けれど、構造は感じられる。
影は単なる形ではなく、「思考の構文」を映し出している。
時間と空間をまたいで、複数の文節が並列に展開され、脳内に多層的な“思考文”が刻み込まれていく。
玲は震えた。
これは、音声でも文字でもない──第三の言語だ。
第四章 撤収
調査が進む中、幻影層の安定が急激に崩れ始めた。
国際機関は安全を優先し、調査隊に撤収を命じる。
政府報告には、わずか一行が残された。
「言語不明・未解読」
玲は輸送機の窓から幻影層を見下ろした。
黒い大陸は、まるで水面に沈む影のように、静かに光の海に溶けていった。
終章 影を読む人
夜。
玲は自室の白い壁に灯をともす。
月明かりが差し込み、床に彼女の影が長く伸びた。
影は静かに、ゆっくりと──再び語り始めた。
その夜、彼女は自分の影を見つめながら、静かに心に決めた。
あの沈黙を、言葉にする旅が始まるのだと──。
✍️ あとがき
声なき人々は、沈黙の中で思考を紡ぎ、影の中に記録を残す。
音も文字も持たない彼らの言語は、人類にとって“不可視の記録”だった。
けれど、玲のように影を「読む」ことができる存在が現れたとき──二つの人類の物語が始まる。
この作品は、その“最初の夜”の記録である。
本シリーズの制作のプロット（テーマや設定等）については、別途 note にまとめましたので、興味のある方はそちらもご覧ください。
👉 『影を読む人』✍️創作ノート — 声なき文明と、影の言語 ✍️ はこちら
🌐 https://note.com/souu_ciel/n/n30ceaa457691
『影を読む人』が描いたのは、
文字を持たない世界の人々の物語でした。
その「不可視の記録」というテーマは、
次作『匂いの地図師』（10月25日公開）へと静かに引き継がれます。
パンの香りが消えた街で、老いた地図師は鼻を羅針盤に歩き出す。
「記録されない感覚を、どう記録するか」──
この問いが、新しい旅の始まりとなります。
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語（AI小説）シリーズの第6弾作品です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ（主題）を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
詩詠留さんは、前作の『星喰シリーズ』同様、本作においても、人類史、文明史、言語史を踏まえた上で、未知の“人類”との遭遇という骨格を構成して上でこの物語を執筆しました。
担当編集者（古稀ブロガー）
（本文ここまで）
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