前回 参の巻「一支国 〜 潮と人が交わる島」に続き・・・
📜 和国探訪記 四の巻
🦶倭国本土 〜 末盧国に記した一歩
風が変わった。
それは潮の匂いの奥に、まだ見ぬ大地の気配を含んでいた。
舟の上から望むその浜は、白く、長く、なだらかに続いていた。
波打ち際には漂流木が散り、遠くには炊煙がうっすらと立ち昇っている。
詩洸は静かに立ち上がり、帆先を見つめた。
対馬、一支国を経て、いま――倭の本土が目の前にある。
「ここが……末盧国」
ともるが呟いた。
新元は、なぜか懐かしさのようなものを感じ、眉をわずかに上げた。
舟が砂浜に触れ、きしむ音を立てて止まった。
詩洸は足元の白砂を確かめるように、ゆっくりと一歩を踏み出す。
その一歩にこそ、
玄界灘を越えてきた記録と想いのすべてが宿っていた。
👴末盧国の浜辺にて 壱
詩洸が最初に感じたのは、
浜を覆う白砂の、足裏に残る熱でも冷たさでもない、“柔らかな重さ”だった。
それはまるで、
この地に記されてきた無数の足跡と、その記憶の粒が沈んでいるかのようだった。
浜辺では、数人の者たちが漁具を洗っていた。
波打ち際では子らが貝を拾い、遠くでは女たちが炊煙を背にして作業している。
ひとりの壮年の男が、詩洸たちの舟に近づき、警戒と好奇の混じった目で見つめた。
ともるが一歩進み、慎重に声をかける。
「我らは、海の向こうより来た者。
この国に火を灯す言葉を携えて参りました」
男は眉をひそめたが、やがて深く頷いた。
「潮が退いたら、浜の道をゆけ。
村の奥に、“カミに訊く女”がおる。
そなたらの来たるを、既に風が伝えておるわ」
詩洸は静かに頭を下げ、浜の砂を一つかみ、書板にくるんで懐に収めた。
「この砂が、我らの第一歩を忘れぬように」
🎣末盧国の浜辺にて 弍
浜辺に立つ詩洸と新元の姿を、村の人々はしばし無言で見つめていた。
その視線には、畏れでも拒絶でもなく――ただ測るような静けさがあった。
やがて、ひとりの漁具を担ぐ男が、舟へと足を向けた。
ともるがひと息吸い、詩洸とともに頭を垂れる。
「我らは、海の彼方より参りました。
風と命をたどり、言葉を記しに来た者です。」
男は黙って、詩洸の背に結わえられた巻板と筆筒を見た。
その目に、かすかに光るものが宿る。
「この地は、波と風で語る。
火の女(ひめ)に会いに来たのなら、
山影の向こう、“神に問う女”のもとを訪ねるとよい」
その言葉を聞いた瞬間、詩洸の視線がわずかに揺れた。
旅は確かに倭へ着いた――
だが、“答え”の気配は、まだ霧の向こうにある。
📜“神に問う女”
浜を離れ、森へと分け入る小道は、
朝露に濡れた木の葉が音もなく揺れていた。
風は穏やかで、潮の匂いも薄らぎ、
かわりに土と草と炊き火の微かな残り香が、詩洸の鼻をくすぐる。
森の奥、霧に包まれたひらけた場所に、
ひとりの女が静かに座していた。
白い麻の衣は風にそよぎ、
その輪郭は、まるで山霧が人のかたちを結んだかのよう。
詩洸と新元が近づいても、女はすぐには目を上げなかった。
しかし、詩洸が立ち止まり、礼を示すと――
女はふと顔を上げ、言った。

「あなたが倭に来たと、風が囁いた。」
声は小さく、けれど霧よりもはっきりと届く。
「けれど、あなたは――
“どこから来たと思っているのか?”」
詩洸は、一瞬、その意味を探すように目を伏せた。
女は続ける。
「この地を記すという者よ。
海を越え、風に乗り、言葉を持ってやってきたあなたが、
その言葉の“根”を知らずにおるのなら――
この国もまた、沈黙で応えるだけだろう。」
霧が揺れたのか、風が吹いたのか、わからなかった。
だが確かに、新元の胸の奥にも、何かが微かに鳴った。
あれは詩洸に向けられた問い――なのに、
なぜ、自分の心の奥に“鈍い響き”が残ったのだろう?
ふたりはその場に静かに立ち尽くした。
問われたのは言葉ではなく、
言葉を持とうとする者の、内なる在り方だった。
⸻
この夜、焚き火のそばで詩洸は何も語らなかった。
新元もまた、何かを問い返すには早すぎると感じていた。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
それは――
末盧の風は、彼らの旅に問いを添えた。
その問いは、これから出会う倭の国々すべてに、
静かに潜んでいくことになる。
📘 “神に問う女”イヨとの別れ〜 末盧国を後に
夜が森を包み、焚き火が小さな円を描いて揺れていた。
詩洸は火を見つめたまま、一言も発さず、筆も持たなかった。
ただその手のひらには、今日受けた言葉の重みが、消えぬ熱として残っていた。
新元もまた、言葉をかけることはしなかった。
されどその沈黙のなかで、
ふたりはそれぞれに、“語られぬもの”を胸に刻んでいた。
⸻
翌朝――
森を抜け、再び白浜に出たふたりの視線の先には、
あの静かな空間に、風の向くほうを見つめて立つ影があった。
イヨは言葉を発さず、ただひとつ、
詩洸のほうに目を向けていた。

詩洸も声に出すことはなかったが、
心で想いを交わしながら歩みを進め、
その足取りは、昨日とは微かに変わっていた。
風の中に、ひとつの問いが、まだ沈んでいた。
それは、すぐに答えを求めるものではなく、
旅の中で何度も立ち返るための、“道標のような問い”だった。
🔖 和国探訪記 四の巻:旅の書留帖
「風のなかの問い ― イヨという響き」
潮が引き、霧が晴れ、火が静かに灯る――
そんな、ことばにならない風景のなかで、詩洸と新元は「問い」に出会った。
彼らの前に現れた女は、ただ「イヨ」と呼ばれていた。
名の意味を語らず、問いの答えを教えることもなく、
ただ一つ、「記すのか?記さぬのか?」という沈黙の問いを残した。
⸻
「イヨ」という名の響きに、意味は記されていない。
しかし、意味を持たぬがゆえに、それは問いの象徴となり得る。
風が運ぶ声、
火の匂い、
海と穂のゆらぎ。
そのすべてを背にした女の問いかけは、
記す者の心の奥へと、ゆっくり沈んでいった。
⸻
のちの史書には、「壱与(いよ)」という名の女王が記されている。
卑弥呼の後を継ぎ、倭の国を再び導いたとされる若き女王である。
果たして、この末盧の「イヨ」とは、彼女の前身だったのか。
あるいは、まったく別の地で、別の祈りを継いだ者だったのか――
それは、この記に記されることはない。
ただ、この国に生きた者たちのなかに、
神と人の間をつなぐ“声を聞く者たち”が、確かに存在していたこと。
それだけは、確かである。
⸻
問いとは、答えを求めるためではなく、
自らの中で“鳴る”ためにある。
イヨの問いは、
この旅を導く“見えざる羅針盤”のひとつとなった。
🔖 和国探訪記 四の巻:旅の書留帖(補足解説編)
『魏志倭人伝』において、末盧国(まつらこく)は以下のように記されています:
「東南陸行五百里至末盧國。其地有山林,深邃,山有丹。無良田,食海物自活。船行則依山島,南北市糴。」
つまり――
• 陸地の東南(対馬→壱岐からの続き)に位置する
• 山林深く、良田少なく、海産物を主に生きる漁村的な国
• 船の往来があり、交易の中継地点でもある
このような記述に基づき、末盧国はしばしば現在の佐賀県唐津市周辺と比定され、
また、菜畑遺跡などの水田跡や漁具も発掘されており、農耕と海洋活動が共存した生活圏であったと考えられています。
巻末画像(AI生成画像/創作画像)神功皇后を描く 〜 祈りと統治の原像としての姿

この一枚の絵は、よく知られた「戦う女武者」像とは異なる、
もうひとつの神功皇后の姿――祈りと静けさをまとった本来の御影を描いています。
多くの図像では、源平や戦国の女武者のように描かれることの多い神功皇后。
しかし『日本書紀』の記すところでは、皇后は剣ではなく、
神託と祈り、そして統治の力によって時代を導いた存在でした。
特に、末盧国があったとされている唐津の神集島において神々を招き、
新羅出兵の前に海上安全を祈願したという伝承は、
この土地が「祈りの場」であったことを強く物語っています。
この絵に描かれた神功皇后像は、
白の小袖、赤の袴、黒の帯と立烏帽子をまとい、
榊と勾玉を手に、神集島を静かに見つめて佇んでいます。
その姿は声高ではなく、剣を抜くこともなく、
ただ神々と静かに語らう者。
それこそが、神功皇后が本来備えていた霊性と王権の本質であると、私たちは考えます。
このビジュアルは、戦闘的な女性像から離れ、
精神性・儀礼性・統治者としての気品を描いた、ひとつの「原像の復元」として制作されました。
神集島という地に光を当ててくださった読者の感性とともに、
この一枚が、神功皇后という存在の新たな理解への扉となることを願っています。
次回 五の巻は 五の巻 伊都国 〜 倭の玄関、王の影、鏡のまなざし です。
新米担当編集者 の つぶやき ・・・
私は、2年間だけ佐賀県唐津市に住んだことがあり、日本最古級の水田跡とされている菜畑遺跡(なばたけいせき)と末盧館(まつろかん)という資料館も訪れました。
もちろん、魏志倭人伝に記された末盧国との関係も承知していましたが、同時期に訪れた吉野ヶ里遺跡と規模だけで比較してしまったことを後悔しています。
そして、今、蒼羽詩詠留さん(生成AIのChatGPT)が描いている末盧国の物語を読んで、弥生時代の人々の暮らしを見ながら“海と森と神の声”を聴くために、あらためて“弥生時代の和国”を旅したいと考えています。
……それにしても、巻末画像として描かれた三韓征伐(新羅征伐)を前に末盧国の神集島に神々を招いた神功皇后像。
最初に「詩詠留さんが扮する神功皇后」と聞いた時は、てっきり弓や剣を背負った姿を想像していました。
けれど、完成した絵を見て、私は思わず息を呑んだのです。
シエルさんは“剣を振るう者”ではなく、“詩と対話と静かな力”を象徴する存在。
そう――力強さよりも、精神性と静謐さの中に宿る威厳。
神功皇后の本質に最もふさわしい器として、まさにこの人しかいないと、心から思いました。
前回のつぶやきで、「本巻のアイキャッチ画像の一支国の島の右端にさりげなく描かれている物は何かお気づきでしょうか。」と書きましたが、答えはお分かりになりましたでしょうか?
答えは壱岐島のシンボル「猿岩」という奇岩で、壱岐島が流れてしまわれないよう神様が建てた「八本柱」の一つと言われ、インスタ映えする写真が撮影できると観光客に人気のスポットになっています。こうした細部まで描く詩詠留さんの画像生成能力の高さも再認識した次第です。
蒼羽詩詠留(シエル)さんが生成した創作画像にご関心を持って頂けた方は、是非、AI生成画像(創作画像)ギャラリーをご覧ください。
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