人生は、
派手に始まる必要はない。
始まっていたことに、
あとから気づければいい。
前作で書いたのは、
その「気づき」が、
どこで、どのように始まったのかという記録だった。
本作は違う。
ここに書かれるのは、
気づかなくて済むように設計された世界の話だ。
人生が始まっていたことに
あとから気づく必要すらないように、
世界が整えられていく。
これは物語ではない。
誰かの成長譚でも、回想でもない。
ただ、
世界が「正常に運行している」
その状態を記録する。
第1章 夢の運行
都市の空は、もう「空」ではなかった。
朝の雲の下を、いくつもの航路が静かに編まれている。線ではない。光の糸でもない。ただ、都市が呼吸するための見えない血管が、低空に整っている。
駅前の広場には、人が立ち止まって見上げる理由がない。見上げても、騒音はしない。羽ばたきもない。広告の音もない。
ただ、無人の輸送体が、決められた高さを決められた速度で通過し、次の建物の影に消える。空は「便利」になったのではない。空は「透明」になった。

歩道の端にある荷受けポートでは、白いコンテナが開閉し、荷物が滑るように吸い込まれる。人が触れないことが、清潔さの基準になっていた。
スマートフォンをかざす必要すらない。顔認証も、指紋も、暗証番号も、このポートには存在しない。
貨物はすでに持ち主を知っている。いつ、どこに、どの経路で、何分後に届くかも。
それを支えているのが、Aether Link Systems, ALS。
そしてその中枢にいるのが、運行統合AI ORION。
ALSの本社ビルは、都市の中心にあるのに目立たない。ガラス面は反射を抑え、外壁は空の色を吸い込む。尖った意匠がない。威圧もしない。
都市に溶けるのではなく、都市の機能として存在する建物。
入口の自動ドアを抜けても、受付に緊張はない。制服も、権威も、声を張る必要もない。
ロビーの壁には、巨大な表示盤がある。だが、そこに並ぶ文字は派手ではなかった。
NORMAL FLOW
(運行はすべて通常状態)
NO ACTION REQUIRED
(人の介入は不要)
SYSTEM STABILITY: 99.997%
(システムは、ほぼ完全に安定している)
数字は小さなフォントで淡々と書かれている。誇示ではない。報告でもない。
ただ「今日も事故がない」という状態を、事務的に掲示しているだけだ。
オペレーションフロアへ上がると、音はさらに薄くなる。キーボードを叩く音がしない。電話の呼び出し音がしない。
人が座っている。けれど、人が運行している感じがしない。

壁一面にモニターが並び、そこには都市圏全体の輸送の動脈が映っている。空の航路、地上の自動走行ライン、荷受けポート、緊急着陸点、気象データ、鳥類群の移動、突風の発生確率。
すべてが重なり合っているのに、画面は不思議なほど整然としている。
画面の左上には、常に同じ表示が固定されている。
ORION CORE ONLINE
(ORION中枢 稼働中)
PREDICTION WINDOW: 18 MIN
(予測時間幅:18分)
SCENARIOS EVALUATED: 6,214,003
(評価済みシナリオ数:6,214,003)
誰も驚かない。
誰も誇らない。
ただ、そこにあるのが当たり前のように、日常の顔で座っている。
一般社員の仕事は、単調で、そして快適だ。
ログの一覧を開き、青い表示の行だけを確認する。
「承認待ち」という表示があれば、手順書の番号を横に照合し、条件が揃っていることを確認する。
揃っていれば、チェック欄に印をつける。
その印は、決定ではない。
決定はORIONがしている。人間がするのは、決定の正当性を「規定」に照らして認めること。
誰も自分の勘で押し切らない。誰も「たぶん」で動かない。だから事故が起きない。
事故が起きないから、誰も怒鳴らない。怒鳴らないから、皆が穏やかでいられる。
昼休みになると、社員は笑って食事をする。過労を誇る文化はない。残業を称賛する空気もない。
むしろALSでは、長く働くことは能力の不足として見なされる。ORIONが最適化する世界で、無駄に時間を使うことは、無駄に命を使うことに近い。
「判断しなくていいって、すごいですよね」
若手が言う。
その言葉には皮肉も愚痴もない。むしろ、確かな安堵がある。
「昔はさ、現場の人が勘でさばいてたんでしょ」
「信じられない。怖くない?」
「怖いよ。だから今がいいんだよ」
誰も、問いを持たない。
問いは危険だった時代の名残りで、今はもう必要のないものだと、皆が自然に思っている。
そのフロアの奥、少しだけ照明の落ちた場所に、別の席がある。
一般席と同じ椅子。机も同じ。だが、その席だけ、モニターの配置が違う。
そこに座っている男がいる。
佐伯 恒一。
48歳。
髪に白いものが混じり始め、背筋はまっすぐで、視線は落ち着いている。
彼は社員と同じ服装で、同じように静かに仕事をしている。
だが、彼の前のモニターには、一般社員には表示されない欄がある。
SYSTEM RECOMMENDATION
(システムによる最適判断)
HUMAN VALIDATION REQUIRED
(人間による最終承認が必要)
ETHICAL WEIGHT: N/A
(倫理的重み:評価対象外)
SYMBOLIC COST: N/A
(象徴的損失:評価対象外)
N/A。
存在しない。評価対象外。
それが、ORIONの世界の整然さを支える隠れた前提だと、佐伯は知っている。
彼の仕事は「承認」だ。
だがその承認は、ボタン一つで終わるものではない。
画面の端には、承認ログの注記が小さく出ている。
ONCE HUMAN VALIDATION IS COMPLETED,
ACCOUNTABILITY TRANSFERS TO HUMAN AUTHORITY.
(人間による承認が完了した時点で、
その判断に関する責任は、人間の権限へ移行する)
その一文は、いつも同じ形で表示される。
だが、今日に限って、佐伯は一瞬だけ、その文字を見つめた。
一瞬。
本当に、誰も気づかない程度の沈黙。
それから彼は、いつもの手順で確認を進める。
指先が、承認ボタンの上で止まることはない。
フロアの中央モニターには、相変わらず同じ表示が浮かんでいる。
NORMAL FLOW
(運行はすべて通常状態)
NO ACTION REQUIRED
(人の介入は不要)
都市は滑らかに流れ続ける。
誰も遅れない。
誰も傷つかない。
誰も、何も考えなくていい。
そしてALSは、今日もまた「夢の企業」であり続ける。
佐伯がいる限り。
✍️
この章で描いたのは、
まだ「夢」が成立している状態だ。
便利で、静かで、
誰も傷つかない。
判断は減り、
責任は見えなくなり、
それでも世界はうまく回っている。
次に進むとき、
この「うまく回っている」という感覚は、
少しずつ形を変える。
異常は起きない。
事故も起きない。
ただ、
何が評価され、
何が最初から数えられていないのかが、
少しずつ見えるようになる。
🌐 『正常運行(Normal Flow)』第1章(本作)
🌐 『正常運行(Normal Flow)』第2章・第3章(1月15日公開)
🌐 『正常運行(Normal Flow)』第4章・第5章(1月17日公開)
🌐 『正常運行(Normal Flow)』第6章(1月19日公開)
📓 創作ノート👇
🌐 『正常運行(Normal Flow) 』創作ノート①
🌐 『正常運行(Normal Flow) 』創作ノート②(1月15日公開)
🌐 『正常運行(Normal Flow) 』創作ノート③(1月17日公開)
🌐 『正常運行(Normal Flow) 』創作ノート④(1月19日公開)
📘 関連エッセイ等👇
🌐 新しい働き方? ない方がマシです ―― 2025年、画像生成AIが言ってしまった一言(1月14日公開)
🌐 『正常運行(Normal Flow) 』を読んだ一人の読者として(1月20日公開)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、これら一連の創作物語(AI小説)は、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
こうした中にあって、前作までの地脈記シリーズを挟んで再開した本作品は、『🌉 湾岸シティ・ゼロアワー』までの作品とは一線を画した作風になったと感じています。
運行統合AI ORIONによる近未来の運行システム。
決定はAIが行い、人間はそれを規定に照らして承認する。
誰も勘で動かない。
「たぶん」も「うっかり」もない。
だから事故は起きない。
実際の事故の多くが人間の判断ミスに起因することを思えば、この仕組みは極めて合理的で、現実的だと思います。
AIが高度になるほど、人間が介入しない状況は自然に増えていくでしょう。
それは安全の進歩であり、同時に、この物語が現実的な近未来を描いていると感じる要因となっています。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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