倭の道程は、女王・卑弥呼の都である邪馬壹国へと向かいます。
各地の官職名や地名、道のりの表現に現れる異文は、単なる写本の違いを超えて、統治構造や勢力圏の記憶のズレを物語る痕跡でもあります。
本節では、『魏志倭人伝』の複数の写本や諸本の間で生じている違いを 回(壱・弍・参・四・)に分けて提示しています。
📘第2章 第6節:異文・比較注記(第12段落)
🔹該当段落(中華書局本・基準本文)
東行至不彌國百里,官曰多模,副曰卑奴母離,有千餘家。
🧾 異文一覧(第12段落)【段落逐次方式】
《注46》【今本・紹熙本】
「東行至不彌國百里」→「至不彌國東行百里」/「不彌國東行百里」
• 分類:🅑語順の違い
• 解説:「東行」の位置が後置され、移動方向の提示が不明瞭になる。中華書局本では「東行至~」により方向性と目的地の構文が明確。
《注47》【今本】
「官曰多模」→「官曰多麻」/「官曰多莫」
• 分類:🅕固有名詞の異音写
• 解説:「多模」は写本により異音で記されることがあり、写音上の混乱が見られる。中華書局本の「多模」は『模=ma』の音写として最も安定的な形式。
《注48》【百衲本】
「副曰卑奴母離」→「副曰卑弩母離」
• 分類:🅕音写上の字形置換
• 解説:「奴」と「弩」の混用は、音近かつ字形類似のためしばしば起こる。大勢に影響はないが、細部における記音意識の差が見て取れる。
《注49》【今本】
「有千餘家」→「有千戶」
• 分類:🅔語句の交替(数量語・制度語の異なり)
• 解説:「餘家」が「戶」に変更されており、「餘」による数的不確定性が削られている。また、「家」と「戶」では社会単位としての捉え方に微差がある。
📋 異文注記対応表(第12段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注46 | 東行至不彌國百里 | 至不彌國東行百里/不彌國東行百里 | 今本・紹熙本 | 🅑語順の違い | 「東行」が後置され、移動方向の明示性が弱まっている。中華書局本では方向が先行。 |
注47 | 官曰多模 | 官曰多麻/多莫 | 今本 | 🅕固有名詞の異音写 | 「模」の部分が音写上の類似語に変化。写本上の字形混乱による表記差と見られる。 |
注48 | 副曰卑奴母離 | 副曰卑弩母離 | 百衲本 | 🅕音写上の字形置換 | 「奴」と「弩」の混用による字形差。大意に影響はないが記録者の音写習慣が反映。 |
注49 | 有千餘家 | 有千戶 | 今本 | 🅔数量語・制度語の交替 | 「餘家」→「戶」により、数的幅が削減され、制度的意味もわずかに異なる。 |
📘第2章 第6節:異文・比較注記(第13段落)
🔹該当段落(中華書局本・基準本文)
南至投馬國水行二十日,官曰彌彌,副曰彌彌那利,可五萬餘戶。
🧾 異文一覧(第13段落)【段落逐次方式】
《注50》【今本・紹熙本】
「南至投馬國水行二十日」→「水行二十日至投馬國」/「至投馬國二十日水行」
• 分類:🅑語順の違い
• 解説:「水行二十日」の句が前置または中置され、動作と目的地の関係が不明瞭に。中華書局本では「南至~水行二十日」により空間方向と所要日数の構造が自然。
《注51》【今本】
「官曰彌彌」→「官曰彌彌觚」
• 分類:🅓語句の増補(官職構文化)
• 解説:「觚」が付加され、他の官職記述との形式的整合を図る動きが見られる。中華書局本では本段に限って「觚」を欠く表現である点がむしろ特異。
《注52》【百衲本】
「副曰彌彌那利」→「副曰彌那利」/「副曰彌彌利」
• 分類:🅕固有名詞の異表記(音写揺れ)
• 解説:「彌彌那利」のうち「彌彌」または中間音節が省略・簡略化されており、音写・筆写過程での誤記または合理化と考えられる。
《注53》【今本】
「可五萬餘戶」→「有五萬家」
• 分類:🅔数量語の置換・簡略化
• 解説:「可(およそ)」や「餘(あまり)」が省かれ、「有〜家」と単純な表現となっている。表現の幅・統計的不確定性のニュアンスが失われている。
📋 異文注記対応表(第13段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注50 | 南至投馬國水行二十日 | 水行二十日至投馬國/至投馬國二十日水行 | 今本・紹熙本 | 🅑語順の違い | 「水行二十日」の位置が変動し、地理的構文が不自然になる。中華書局本は方向優先構文。 |
注51 | 官曰彌彌 | 官曰彌彌觚 | 今本 | 🅓語句の増補 | 「觚」の付加により官職構文へ整形された例。他の記述との整合性を意識した可能性。 |
注52 | 副曰彌彌那利 | 副曰彌那利/副曰彌彌利 | 百衲本 | 🅕固有名詞の異表記 | 音写表記の揺れ。語中音節の脱落・字形の交替による変異。 |
注53 | 可五萬餘戶 | 有五萬家 | 今本 | 🅔数量語の置換・簡略化 | 「可」「餘」の省略により、不確定性のある推定表現が単純化されている。 |
📘第2章 第6節:異文・比較注記(第14段落)
🔹該当段落(中華書局本・基準本文)
南至邪馬壹國,女王之所都,水行十日,陸行一月,官有伊支馬,次曰彌馬升,次曰彌馬獲支,次曰奴佳鞮,可七萬餘戶。
🧾 異文一覧(第14段落)【段落逐次方式】
《注54》【今本・紹熙本】
「南至邪馬壹國」→「至邪馬壹國南」/「邪馬壹國南至」
• 分類:🅑語順の違い
• 解説:「南至」が後置され、方向と目的地の関係が曖昧になる。中華書局本では「南至~」により一貫して方向優先の地理構文が保たれている。
《注55》【今本】
「女王之所都」→「女王都之地」
• 分類:🅑語順と構文の再構成
• 解説:「之所都」が「都之地」に言い換えられ、文法的構造が変化。「所都」は古典的文語構文であり、中華書局本の語法の方が古風かつ明瞭。
《注56》【百衲本】
「官有伊支馬」→「有官曰伊支馬」
• 分類:🅓構文変化(主述転換)
• 解説:「官有〜」が「有官曰〜」とされ、倭人伝内の他記述と整合させる意図がうかがえる。表現は平明になるが、原文固有の語順が損なわれる。
《注57》【今本・紹熙本】
「彌馬升」→「彌馬省」/「彌馬丞」
• 分類:🅕音写・字形の揺れ
• 解説:「升」が「省」または「丞」に置換される例あり。いずれも音近であり、写本過程における筆誤・音写解釈の変化と考えられる。
《注58》【百衲本】
「奴佳鞮」→「奴加鞮」/「奴嘉鞮」
• 分類:🅕固有名詞の音写差
• 解説:「佳」の字が「加」または「嘉」に変わる異本あり。いずれも同音近似字であり、記音写本の許容範囲内の揺れとされる。
《注59》【今本】
「可七萬餘戶」→「有七萬家」
• 分類:🅔数量語の簡略化・置換
• 解説:他段落と同様、「可」「餘」「戶」が省かれ、「有〜家」と単純化されている。統計的幅と文体の格式が削られる。
📋 異文注記対応表(第14段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注54 | 南至邪馬壹國 | 至邪馬壹國南/邪馬壹國南至 | 今本・紹熙本 | 🅑語順の違い | 方向詞「南」の後置により、構文の視点が不安定化。中華書局本は地理的統一性を保つ。 |
注55 | 女王之所都 | 女王都之地 | 今本 | 🅑語順と構文の再構成 | 文法構造が現代的に単純化されており、古典構文の趣が失われている。 |
注56 | 官有伊支馬 | 有官曰伊支馬 | 百衲本 | 🅓構文変化(主述転換) | 他の倭人伝中の官名構文に揃える形。表現の一貫性は増すが、原文の特色は後退。 |
注57 | 彌馬升 | 彌馬省/彌馬丞 | 今本・紹熙本 | 🅕音写・字形の揺れ | 「升」の字に対する書写上の音写誤記。音が近いため判別が困難。 |
注58 | 奴佳鞮 | 奴加鞮/奴嘉鞮 | 百衲本 | 🅕固有名詞の音写差 | 記音上の揺れによる字形変化。内容解釈には影響せず。 |
注59 | 可七萬餘戶 | 有七萬家 | 今本 | 🅔数量語の簡略化・置換 | 統計的表現の推定性が失われ、単純な断定文となっている。 |
📘第2章 第6節:異文・比較注記(第15段落)
🔹該当段落(中華書局本・基準本文)
自女王國以北,其戶數道里可得略載,其餘旁國遠絕,不可得詳:
🧾 異文一覧(第15段落)【段落逐次方式】
《注60》【今本・紹熙本】
「自女王國以北」→「女王國以北」/「從女王國以北」
• 分類:🅓語句の省略・換語
• 解説:「自」の脱落や「從」への置換あり。いずれも出発点の明示を弱める表現。中華書局本の「自」は空間的起点をはっきりと示す古典的構文。
《注61》【百衲本】
「其戶數道里可得略載」→「其道里戶數可略載」
• 分類:🅑語順の違い
• 解説:「戶數」と「道里」の語順が入れ替えられており、内容の理解に支障はないが、原文における統計記述の順序が崩れる。中華書局本は「戶數→道里」の順に情報を整理。
《注62》【今本】
「其餘旁國遠絕」→「餘旁國遠絶」/「餘國遠絶」
• 分類:🅒代名詞・指示語の省略/簡略
• 解説:「其」や「旁」が省かれ、「餘國」などの簡略形に。文脈の曖昧化を招き、統治中心との相対的位置づけが不明瞭となる恐れがある。
《注63》【今本・紹熙本】
「不可得詳」→「不可詳」/「不詳」
• 分類:🅓語句の省略(補助語の脱落)
• 解説:「得」や「可」など、補助動詞・可能表現を支える語句が脱落し、文章がより断定的になる。中華書局本では文意の余地と制限が残されている。
📋 異文注記対応表(第15段落)
注番号 | 原文表記 | 異文表記 | 出典 | 分類 | 概説(簡潔な要約) |
---|---|---|---|---|---|
注60 | 自女王國以北 | 女王國以北/從女王國以北 | 今本・紹熙本 | 🅓語句の省略・換語 | 起点を示す語「自」の脱落や置換により、空間的方向性が曖昧化している。 |
注61 | 其戶數道里可得略載 | 其道里戶數可略載 | 百衲本 | 🅑語順の違い | 統計的記述順が入れ替えられており、情報の構成順序が変化している。 |
注62 | 其餘旁國遠絕 | 餘旁國遠絶/餘國遠絶 | 今本 | 🅒代名詞・指示語の簡略 | 「其」や「旁」の省略により、記述対象の曖昧性が増す可能性。 |
注63 | 不可得詳 | 不可詳/不詳 | 今本・紹熙本 | 🅓語句の省略 | 可能構文を支える補助語が脱落し、文意がより断定的に変化している。 |
注:本章における原文は、OpenAI o3 が公開ドメインの旧刻本(無標点)を参照しつつ、中華書局点校本の慣用句読を統計的に再現した「再現テキスト」です。校訂精度は保証されません。引用・転載の際は必ず一次資料で照合してください。
次回は、第16段落から第17段落までの複数の写本や諸本の間で生じている違いを提示します。。
(本文ここまで)
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