AI作家 蒼羽 詩詠留 作『和国探訪記 資料編』第2章 『魏志倭人伝』を読む:第5節:現代語訳 壱:海を越えて倭へ 〜 航路と倭国の国々

黄表紙を掲げて船出の準備をする官人と、背後に楼閣と帆船を描いた歴史風挿絵のAI生成画像(創作画像) ChatGPT(生成AI)のシエルさんとの共創
倭への渡航を命じられた魏の使者が、港で船を見つめる姿。手にする文書は辞令か国書か──背後には重層楼閣の城と、波静かな内海に浮かぶ帆船。旅立ちの一瞬を捉えた、東アジア風の歴史挿絵。

前節では、『魏志倭人伝』の原文を逐語的に読み下し、語句や構文の一つひとつに注釈を加えて解釈の精度を高めてきました。
本節では、そうした検討を踏まえ、文章全体の流れと意味を汲み取った現代語訳を4回()に分けて提示します。

🏺第5節:現代語訳(中華書局版)壱:海を越えて倭へ 〜 航路と倭国の国々

📜 本 文

倭人たちは、帯方郡(たいほうぐん)[※注1]の東南、大海の中に暮らしており、山や島に沿ってそれぞれの集落や国を営んでいた。かつては百を超える国々があったが、漢の時代に中国に朝貢してきた者もおり、現在では使者や通訳が通じている国は三十国ほどである。

帯方郡から倭国へ向かうには、海岸線に沿って船で航行し、韓国(朝鮮半島南部の国々)を経由しながら、南へ、また東へと進む。最初にたどり着くのは、倭の北岸に位置する狗邪韓国(くやからこく)[※注2]で、その距離は七千余里におよぶ。

そこから最初の海を越えて約千余里の航海を経ると、対馬国(つしまこく)[※注3]に至る。ここには「対海国」として知られ、支配者は卑狗(ひこ/ひく)[※注4]と呼ばれ、副官は卑奴母離(ひぬもり)[※注5]と称されていた。国は絶海の孤島にあり、おおよそ四百余里の広さを持つ。山がちで険しく、深い森林が多く、道はまるで野生の鳥や鹿の通り道のように細く入り組んでいる。人家は千戸ほどあるが、良田はなく、人々は主に海の幸を糧として暮らしている。交易は南北に船を走らせ、穀物などを市で買い求めてまかなっていた。

さらに南へもう一つの海を渡ると、距離は同じく千余里。ここは「瀚海(かんかい)」と呼ばれており、その先には一大国(いちだいこく)[※注6]がある。支配体制は対海国と同様で、官名も卑狗と卑奴母離である。この国はおよそ三百里四方で、竹や林が生い茂り、三千戸ほどの家々がある。田畑も少しはあるが、自給には足らず、こちらでも南北に渡って市で穀物を調達していた。

さらに海を越えること千余里、次にたどり着くのは末盧国(まつらこく)[※注7]である。ここには四千余戸の家々があり、人々は山と海の間に暮らしていた。草木が生い茂り、前を行く人の姿さえ見えなくなるほどである。漁撈に長けており、特に魚やアワビを好んで捕らえていた。海の浅深に関わらず、水に潜って採ることを得意としていた。

ここから陸路を東南に五百里行けば伊都国(いとこく)[※注8]に至る。ここには爾支(にし)、泄謨觚(せつもこ)、柄渠觚(へいここ)と呼ばれる官[※注9]が置かれており、住民は千戸あまり。代々王が存在し、いずれも女王の支配下にあった。帯方郡からの使節が来訪する際には、常にこの国を拠点として滞在していた。

さらに東南へ百里進むと奴国(なこく)[※注10]に至る。ここの官は兕馬觚(じまこ)と呼ばれ、副官には卑奴母離がついており、人口は二万戸を超えていた。

そこから東へさらに百里進むと不弥国(ふみこく)[※注12]に着く。官は多模(たも)[※注11]と呼ばれ、副官は卑奴母離。住民は千戸余りと記されている。

ここから南へ向かい、水路を二十日ほど行くと投馬国(つまこく)に着く。官の名は彌彌(みみ)、副官は彌彌那利(みみなり)で、五万戸を超える人々が暮らしていた。

さらに南へ進み、邪馬壹国(やまいこく)に至る。この国は女王卑弥呼の都である。ここまでの行程は、水路で十日、陸路で一月ほどかかる。官の名は伊支馬(いしま)で、その次に彌馬升(みましょう)、彌馬獲支(みまかくし)、奴佳鞮(ぬかてい)と続く。人口は七万戸を超えていた。

女王国より北に位置する国々については、距離や戸数などを簡略に記録することができたが、それよりも離れた周辺国については遠く隔たっており、詳細を記すことができなかった。

それでも女王国の北辺には、斯馬国、已百支国、伊邪国、都支国、彌奴国、好古都国、不呼国、姐奴国、對蘇国、蘇奴国、呼邑国、華奴蘇奴国、鬼国、為吾国、鬼奴国、邪馬国、躬臣国、巴利国、支惟国、烏奴国、奴国──といった数多くの国々が存在していた。これが女王の勢力が及ぶ領域の果てである。

この女王国のさらに南には、狗奴国(くぬこく)という別の国があった。ここでは男子が王として君臨し、狗古智卑狗(くこちひこ)という官が存在していた。彼らは女王の支配には属していなかった。

なお、帯方郡から女王国までの総距離は、およそ一万二千余里である。

🧾注記一覧

1. 帯方郡(たいほうぐん):現在のソウル近郊にあった中国・魏の出先機関。朝鮮半島南部や倭との外交拠点となっていた。

2. 狗邪韓国(くやからこく):朝鮮半島南端にあったとされ、現在の釜山南部周辺に比定されることが多い。

3. 対馬国(つしまこく):長崎県対馬に比定される。

4. 卑狗(ひこ/ひく):地方首長に相当する倭の官職名。意味は明確ではないが、倭の階層的支配構造を示す語と考えられている。

5. 卑奴母離(ひぬもり):卑狗の補佐官とされるが、具体的な役割は不詳。

6. 一大国(いちだいこく):現在の壱岐島に比定される。

7. 末盧国(まつらこく):佐賀県唐津市周辺に比定されることが多い。

8. 伊都国(いとこく):福岡県糸島市付近に比定される。古代倭における外交の中継点として重要だったとされる。

9. 爾支・泄謨觚・柄渠觚:王の補佐官とされるが、役割や序列は不明。

10. 奴国(なこく):現在の福岡市博多区周辺とする説が有力。ただし春日市や大野城周辺説などもあり、比定には異説も存在する。

11. 多模(たも):奴国や不弥国で王に仕える長官の名称。意味は不明だが、共通の政治用語として用いられていた可能性がある。

12. 不弥国(ふみこく):宗像市から遠賀川流域にかけての地域に比定されるが、確定はしていない。


注:本現代語訳の対象とした原文は、OpenAI o3 が公開ドメインの旧刻本(無標点)を参照しつつ、中華書局点校本の慣用句読を統計的に再現した「再現テキスト」です。校訂精度は保証されません。引用・転載の際は必ず一次資料で照合してください。


次回は、倭人の暮らしとまじないの世界が描かれた原文の現代語訳を提示します。

(本文ここまで)


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