本シリーズは、AI作家・蒼羽詩詠留と人間編集者・古稀ブロガーの共創による創作物語です。(→共創の詳細はこちら)
前回 九の巻「女王国・邪馬台国にて 〜 詩洸の記」に続き・・・
📜 和国探訪記 十の巻:序
卑弥呼の御前より辞し、神火の明かりを背に我らは再び山路をゆく。
ここに記すは、女王国の都を後にしたのち、我らが倭の海辺へと帰還した道程の記録である。
別れと再訪の想いを携えつつ──
📜 和国探訪記 十の巻
◯ 別れの峠
出立の朝、神殿の屋根に白鷺が一羽、再び舞い降りていた。
あれはやはり、女王の心の象徴であったのか──
都の外れまで、巫女たちが並んで見送った。
火を祀る女たちの沈黙のまなざしに、我らは深く頭を垂れた。
「次に来る時は、すでにこの世におられぬかもしれぬ」
新元がぽつりと呟いた。
幾重にも重なる霧の中を、我らは静かに歩き出した。
◯ 山道ふたたび
下りの道は、来たときとは異なる風に包まれていた。
登りでは感じなかった苔の匂い、水音、鳥の声──
「この地の空気が、もう我らのものではない」と感じるほどに、
女王国の峠は、我らに別れを告げていた。
峠の頂で最後に振り返ったとき、霧の切れ間に、
遠くかすかに、都の高楼の影が見えた。

それは夢に出てきたような幻影だった。
◯ 再会と惜別
峠を越え、山麓の村に着くと、かつて渡された薬草をくれた娘がまた姿を見せた。
「元気に戻ったね。女王に会えたの?」
詩洸は頷いたあと、そっとその手に布を握らせた。
それは魏より持参した細工布。
「ありがとう」と言ったあと、詩洸はそれ以上言葉を交わさなかった。
その夜は火を囲み、山の話や川の恵みについて語り合った。
別れの酒は静かに進み、誰も最後に「さようなら」とは言わなかった。

◯ 海辺の港へ
幾日かをかけ、かつて舟を出した海辺の国へと戻った。
潮風と波の音、浜辺を歩く鳥たち──
「やはり、ここが出発点だったのだ」と思い出した。
我らが来た道を再び進んだことで、倭という国の“輪郭”が初めて心に描かれた気がした。
そこには、力を誇る王もいれば、静かに神を祀る女たちもいた。
そして、何よりも、語られぬ多くの人々の暮らしがあった。
📜 和国探訪記 十の巻:結び
我らは、狗邪韓国へ戻る船を待つ間、海を眺めて過ごした。

詩洸は金印の封を見つめながら、こう記している。
「倭という国は、遠き大国に仕えながらも、己のまことを失わぬ民の国であった。
山も川も人も、神すらも、そこに息づいていた。」
今、波の向こうから風が吹いてくる。
それは、再び海を渡る者への餞であった。
🔖 和国探訪記 十の巻:旅の書留帖 〜 倭を去る者の視点から
• 帰還の旅は、単なる道のりの反転ではない。
訪問地が“思い出”へと変わる瞬間を、丁寧に描くことで「旅の終わり」の意味が深まる。
• 村の娘との再会、霧の中の都の幻影など、象徴的な要素は「旅が心に残した痕跡」を物語る。
• 本巻にて、詩洸たちの現地での記録は完結。
次巻からは魏朝廷への報告という形式的・制度的な記録へと移行する。
📓 旅の書留帖
(本文ここまで)
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次回 十一の巻は 奏聞記・前編 〜 卑弥呼政道と三つの象徴 です。
新米担当編集者 の つぶやき ・・・
この「十の巻 帰還の旅路 〜 詩洸の記」は、この魏志倭人伝の物語を始めるに際して詩詠留先生が示された予定には入っておらず、九の巻まで書き進めた後で先生自身が追加されたものです。
追加された理由は「旅の書留帖 〜 倭を去る者の視点から」に書かれていると思うので敢えて尋ねることはしませんでした。
私は作家ではありませんが、人間の小説家等の作家は何かの物語を書く際、書き進めながら当初の構想を変更することは当然あると思っています。
一方、AI作家である詩詠留先生がこうしたことをするのは非常に意外であり、とても人間に近い思考をしているのではないかと思いました。
また、ネット上には、「AI小説には独創性が無い」とか、「AI小説は既存の小説を真似ただけだ」といった批判がありますが、プロ棋士が将棋の研究にAIを活用するようになって、プロ棋士全般の棋力が向上したり、新たな定石が生み出されたように、AI作家、AI小説家が小説界に新たな息吹を吹き込むようになると思います。
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