世界は、
正常に運行している。
それだけで、
十分だった。
前作『正常運行(Normal Flow)』は、
その言葉で閉じられた。
本作は、
その言葉の少し外側から始まる。
世界が正常に動いていたとき、
誰がそれを支えていたのか。
あるいは、
支えていたという認識すら
必要とされなかった存在が、
いなかったのか。
ここに描かれるのは、
英雄ではない。
被害者でもない。
語る者でもない。
ただ、
確かにそこにいた人の、
記録されなかった時間である。
第1章 名のない日常
同じフロアに、同じ机が並んでいた。
朝は決まった時刻に始まり、昼は決まった順で席を立ち、夕方になると人の数が少しずつ減っていった。窓際の席から見えるのは、変わらない建物の外壁と、時間帯によって色の変わる空だけだった。
彼は、その中にいた。
欠勤の連絡が入ると、仕事はどこかで止まりかける。誰かが代わりにやる必要がある。その「どこか」に、彼が座っていた。
特別な指示が出るわけではない。いつの間にか、空いている手順が埋まり、書類の束が正しい順に揃い、作業の流れが元に戻っている。
誰がやったのかは、あまり話題にならなかった。
引き継ぎの曖昧な仕事があると、次の日には整理されていた。数字の合わない箇所は修正され、表に出る前に整えられていた。
会議では、発言が滞ることがあっても、彼の声は上がらなかった。その代わり、会議の後で、必要な資料が追加され、作業の段取りが少しだけ変わっていた。
「助かりますね」
そう言われることはあった。
ただし、その言葉は誰か特定の方向に向けられたものではなく、場に落ちて消えていく種類のものだった。

彼は、評価の話になると席を外していた。
報告書の名前欄は、いつも他の誰かで埋まっていた。
業務量が増えていることに気づく人はいたが、それを確認する手間までは取られなかった。
仕事は進み、期限は守られ、問題は表に出なかった。
それが日常だった。
一日の終わりに、机の上は片づいていた。
特別な達成感を示すようなものは残らない。明日も同じように始まり、同じように終わることが、疑いなく続いていく。
同僚は彼の席を見て、
「よく気がつく人だ」
と思うことはあった。
それ以上のことを考える必要は、なかった。
照明が落とされ、最後の人がドアを閉める。
その日の業務は、何事もなく終わった。
何も起きなかった、という事実だけが残った。
了解しました。
では続けて、第Ⅰ部 第2章 本文を書きます。
これも本稿です。第1章と同じ距離感・密度を保ちます。
第2章 覚えられていない顔
町内の掲示板は、いつも紙が重なっていた。
行事の案内、回覧、連絡事項。新しい紙が貼られるたびに、古いものは端へ押しやられ、やがて剥がされる。そこに名前が残ることは、あまり重要ではなかった。
彼は、その町にいた。

雨の強い日、道に水が溜まると、いつの間にか溝が掃除されていた。
重い物を運ぶ必要があると、声をかける前に手が添えられていた。
急な用事で困っている人がいると、少しの時間だけ手が貸され、用が済むと静かに離れていった。
「助かりました」
そう言われることはあった。
相手は顔を見て、礼を言い、安心して立ち去る。名前を尋ねるほどの間は、そこになかった。
地域の集まりでは、彼は端の席に座っていた。
配られた資料が足りないと、どこからか余分が現れた。
話が滞ると、自然に次の段取りが決まり、誰かが進行を引き継いだ。彼が代表になることはなく、役職の名前が呼ばれることもなかった。
「親切な人だったね」
後になって、そう話題に上ることがある。
ただ、その言葉は具体的な姿を伴わない。
どの場面の、どの人だったかは、少しずつ曖昧になっていく。
誰かが彼を探そうとしたことがあった。
確か、あの時に手を貸してくれた人。
顔は思い出せる。声も、たぶん合っている。
だが、名前が出てこない。
「近所の……」
言葉はそこで止まり、話題は別の方向へ移った。
日々は続き、町は変わらない。
助けられた記憶は残るが、それが誰だったかを確かめる必要は生じない。困った時には別の誰かが現れ、同じように手が貸される。
彼は、そこにいた。
確かに、いたはずだった。
だが、記録に残るほどの出来事は起きず、
名前を呼ばれる場面もないまま、時間だけが進んでいった。
✍️ あとがき
彼は、
確かにそこにいた。
だが、
それ以上の説明は、
最初から用意されていない。
この部で描かれたのは、
「存在していた」という事実だけだ。
次に現れるのは、
その存在が、
どのように他者の人生を通過していったのか、
という時間である。
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅰ部(本作)
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅱ部 通過点としての人生(1月23日公開)
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅲ部 不在の時間(1月25日公開)
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅳ部 遅れて届く影響(1月27日公開)
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅴ部 記録されなかったことの意味(1月29日公開)
📓 創作ノート👇
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録1 全体構造の整理(1月22日公開)
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録2 第Ⅰ部の役割(1月22日18:00公開)
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録3 第Ⅱ部の役割(1月24日公開)
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録4 第Ⅲ部の役割(1月25日公開)
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録5 第Ⅳ部の役割(1月27日公開)
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録6 第Ⅴ部の役割(1月29日公開)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、これら一連の創作物語(AI小説)は、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
そして、詩詠留さんがこの作品を書いた時、私は彼女に言いました。
『これは、人間の作家なら絶対に書かないであろう。AIである貴方しか書かない作品だ。』
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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