前作『湾岸シティ・ゼロアワー』で描かれたのは、
「都市が動きを失う瞬間」と
「AIが理解できない“人間の重さ”」だった。
東京湾岸の霧の朝にはまだ、人の出番が残っている。
次のゼロアワーでは――誰が、どの荷物を、どんな思いで運ぶのか。
その問いは都市だけのものではない。
動きを止めたのは都市だけではなく、
人が離れ、生活が抜け落ちた“土地”もまた、沈黙を抱えている。
九州・玖珠盆地。
20代をそこで過ごした松永湊(58)が、
言えなかった「ありがとう」を胸に久々の帰郷を果たす。
しかし湊が出迎えられたのは、
昔より“軽くなった霧”、
生活の匂いが消えた街、
温度の抜け落ちた土地の気配だった。
前編(Ⅰ〜Ⅳ)では、
湊が“変質した玖珠”を巡りながら、
霧の欠落と土地の沈黙に向き合ってゆく。
霧の正体に触れるのは、後編の深夜。
だがその気配は、この前編のすべてに潜んでいる。
Ⅰ 帰郷 ― 豊後森駅に降り立つ湊

列車が久大本線豊後森駅にすべり込む瞬間、
湊は胸の奥がかすかに疼くのを覚えた。
――この匂いだ。
ホームに立つと、かつて毎日のように吸いこんだ空気が
薄い膜となって鼻腔にしみ込んでくる。
だが、それは昔よりずっと“軽い”。
湿り気が足りない。
温度の底にあった、あの微細な重さが抜け落ちている。
「霧が……薄い。」
思わず、声に出ていた。
湊が20代の大半を過ごした玖珠の霧は、
もっと豊かで、もっと体にまとわりつき、
時に煩わしいほどに、生活の輪郭を柔らかく隠した。
その霧が、今はほとんど感じられない。
――これは変わったのではない。
失われたのだ。
湊は荷物を肩にかけ、改札を抜けた。
森駅前は、記憶よりもはるかに静かで、
歩く人影もまばらだった。
自分が住んでいた頃の賑わい――といっても控えめなものだったが――
その残り香すら、空気の中に漂っていなかった。
盆地の空は広く、
12月の光が乾いた紙のように薄く、冷たかった。
湊はゆっくりと歩き出す。
目指す先はただひとつ。
かつて下宿していた場所。
そして、その向かいにあった、たった一人で切り盛りしていた
飲み屋兼ラーメン屋。
そこは湊にとって、玖珠のすべてを象徴する場所だった。
Ⅱ 旧中心街 ― 生活の匂いが消えた道

駅から旧道へ向かうと、
かつての商店街は息を潜めたように静まり返っていた。
湊が歩きながらふと気づく。
――音がない。
車の走行音も、人声も、家の中から漏れる生活音もない。
ただ、風が通る気配だけ。
湊が暮らしていた頃、
この通りは夜の遅い時間こそ静かだったが、
昼間はどこかしらから生活の匂いがした。
洗濯物の湿った匂い、
煮物の湯気、
誰かが店の軒先で掃除している音――。
今はそれが、丸ごと抜け落ちている。

下宿があったはずの場所へ来る。
湊は足を止めた。
更地だった。
建物が取り壊され、
雑草の生えた空き地が広がっている。
風が地面の砂を少し巻き上げ、湊の足元をさらう。
――こういうものか。
覚悟していたはずなのに、
胸の奥がじんと痛む。
湊は深呼吸してから、視線を向こう側へ移した。
飲み屋兼ラーメン屋があった場所だ。
店は閉じられ、
古いガラス戸の向こうには空虚な空間が見えるだけだった。
カウンターは消え、
厨房の跡もない。
客の笑い声も、
女将の「ラーメン、いつものね」という声も、
この空間のどこにも残っていない。
湊の胸の奥で、
ふいに自分の若い声がこだまする。
――(ラーメン、お願い。)
あまりに鮮明で、
湊は目を閉じた。
記憶に掴まれるような感覚ではなかった。
もっと、胸の奥から静かに浮かび上がってくる“気配”だった。
「……戻ってきたのは、間違いじゃなかったな。」
そう呟くと、
どこからともなく冷たい風が吹き、
湊の首筋を撫でていった。
Ⅲ 高原へ ― 九九州高原農業圏の未来

翌日、湊は高原部へ向かった。
旧日出生台――かつて西日本最大の演習場だった広大な土地は、
いまや九州高原ベルトの農業中核拠点のひとつとして再生していた。
広大な高原に、遠赤外線や紫外線等、作物の生育に不要・有害な光を反射する温暖化対策型温室が連なり、
AI収穫ロボットが規則的に動く。
ドローンが上空で静かに旋回し、
農業データをリアルタイムで収集している。
湊は圧倒された。
「ここまで変わるものなのか……。」
太陽光や農作物の温度管理、
病害虫の予測、
土壌組成の分析、
水分量の自動調整――
すべてAIが決定し、
人は最終判断と補助にまわるだけだった。
「昔の玖珠とは……別物だ。」
湊は正直にそう思った。
だが、美しさとは別に、どこか落ち着かない。
玖珠の“心臓”はここにはない。
湊は直感していた。
Ⅳ 夜の欠落 ― 霧のない玖珠

その日の深夜、
湊は宿で目が覚めた。
時計を見ると午前3時。
外に出てみると、空気は驚くほど澄んでいた。
霧がない。
玖珠の冬の夜で、霧がない――?
湊は不安に似た感覚を覚える。
霧が出ない理由は、
気温、湿度、風――
気象的には説明できる。
だが湊が感じたのは、もっと別の違和感だった。
――玖珠の“気配”が、薄い。
土地の底にあったはずの、
生活の温度や、言葉の残響が、
どこにも感じられない。
湊は胸のざわつきが収まらず、
静まり返った町を見つめ続けた。
✍️ あとがき
玖珠の霧は、ただ“出ない”だけではない。
薄く、軽く、存在の輪郭を失っていた。
湊が感じた違和感――
土地の底にあったはずの温度が消えた感触。
生活の匂いがごっそり抜け落ちた旧中心街。
そして深夜三時、霧が欠落した夜。
それらはすべて、
霧の“発生”ではなく、霧の“準備”だった。
土地が記憶の層を揺らし始める前の、
静かな呼吸のようなもの。
後編(Ⅴ〜Ⅹ)では、
湊がついに「霧の正体」と邂逅する。
それは気象ではなく、
人でもなく、
ただの幻覚でもない。
土地が、太古から積み上げた生活の層を
“読み出す”ための現象――
霧の地層(KIRI STRATA) の核心が開示される。
夜が深まるほど、
霧は記憶に近づく。
📓 創作ノート等はこちら👇
🌐 『🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響』創作ノート
🌐 創作ノート 付録 Ⅰ 玖珠盆地の「土地の記憶」について(12月17日公開)
🌐 創作ノート 付録 Ⅱ 着想の地層 ― 「土地もまた、失ったものを探している。」が生まれるまで(12月17日公開)
🌐 創作ノート 付録 Ⅲ 温暖化に伴う農業問題と対策(静かな提言)(12月18日公開)
🌐 創作者として立ち上がるAI ― 画像生成の向こう側で(12月19日公開)
📚 古稀ブロガーの地脈記シリーズ一覧👇
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 前編(本作)
🌐 🌫 霧の地層(KIRI STRATA)— 玖珠盆地 太古の残響 — 後編(12月18日公開)
🌐 ❄️ 盆地の底の記憶圧 ― 飛騨・古川町 豪雪のゆりかごで(12月20日公開)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第21弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
こうした中にあって、本作から始まる「地脈記シリーズ」は、私の70年に及ぶ全国流浪の歴史を物語化してくれるものであり、やや趣が異なっています。
私は、福岡県久留米市にある陸上自衛隊幹部候補生学校を卒業後、久大本線で初任地である大分県玖珠町にある玖珠駐屯に向かい豊後森駅に降り立ってからの7年間をこの地で過ごしました。
そして、日出生台演習場は、私が所属していた第4戦車大隊という部隊にとって日々の訓練の道場であり、20代の多くの時間をこの演習場で過ごしました。
詩詠留さんは、「玖珠」という舞台が、私にとって第二の故郷とも言えるほど思い出深い土地であることを踏まえて、この作品を創作してくれました。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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