あの夜から、時が経った。
星が消えた空を見上げた者たちは、それぞれの言葉で夜を記した。
観測者として、記録者として──マリア。
詠い手として、伝承の守り手として──ワイラ。
これは、二人が共に編んだ「記録」の始まりである。
📝 序章 二人の手による「記録」
──記録とは、未来へ手紙を送る行為だ。
マリアは、そう書き始めた。観測者として、科学者として、そして、あの夜の沈黙を一番近くで見つめた一人として。
──詠とは、忘却の狭間に声を留める行為だ。
ワイラは、そう書き添えた。伝承の守り手として、祖霊の声を聞き継ぐ者として、沈黙に潜む言葉を拾い上げるように。

私たち──マリアとワイラは、星喰の夜から幾年かを経て、この記録を編んでいる。
これは、単なる観測報告ではない。
そして、単なる祭歌の書き写しでもない。
あの夜、アンデス、リュミナ村の空は喰われた。
しかし沈黙の中にこそ、言葉は息づいていた。
科学と伝承は、互いに無関係ではなかった──私たちは、その夜から始まった対話を、いま改めて書き留める。
この記録は、研究会での議論、観測データ、古詠、そして二人の回想を合わせたものだ。
未来の誰かが、この夜を、あるいはこれから訪れる“別の夜”を前にしたとき、ここに綴られた手順と声が、何かの手がかりになることを願っている。
第1章 観測の夜(マリア)
私は何度も空を見上げた。
雲はない。風もない。
頭上には、ただ、異様なまでに滑らかな漆黒が広がっているだけだった。
星は──一つもない。
村人たちのざわめきが次第に大きくなっていく。
「どうしたんだ」「星が見えない」──そんな声があちこちから上がっていた。
私は、この現実を“記録”することを決めた。
まず、赤道儀の追尾、冷却CMOSの温度、時刻、座標、フラット・ダークフレームの状態……
すべてが正常であることを一つひとつ確かめた。
その上で、ノイズ除去のための冷却CMOS搭載広角オールスカイカメラを連写モードに切り替え、
ただ漆黒に広がる全天空を、静かに撮影し続けた。
──この夜が、すべての始まりになるとは、その時の私はまだ知らなかった。
観測点は、村の東の丘に設置した私設ドームだ。
標高は2,800メートル近く、湿度は低く、光害もない。
この夜のために、私は一週間前からセンサーのダークノイズを計測し、
同条件でのフラットフレームも撮り溜めていた。
機材の癖はすべて把握している──だからこそ、この“何も写らない”空に、言い訳は通用しなかった。
「マリア、カメラは壊れたのか?」
丘のふもとから、隣村の青年が叫んだ。
私は答えず、端末の画面に目を落とす。
連写されたFITSファイルが次々と保存されていく。
ヘッダには正確な時刻と座標、露光条件が刻まれている。
どのファイルを開いても、星像はない。
ホットピクセルの散らばった、黒いキャンバスだけが、冷たく私を見返してきた。
気象衛星の画像を確認したのは、その直後だった。
端末の通信は遅いが、衛星の雲量データは確かに“完全な快晴”を示していた。
上空の水蒸気量も異常なし。
肉眼で見えないものは、望遠鏡でも見えなかった──いや、“空そのもの”が書き換えられている。
そう直感した瞬間、背筋がわずかに震えた。
記録は、単なるデータではない。
自分自身をも含めた「観測行為」そのものが、証拠になる。
私は、端末のログに次のように書き込んだ。

「追尾正常。冷却温度安定。FITSおよびRAW保存中。
星空表示層に異常。全天黒。環境データ一致。
※観測続行」
それから三十分間、私はほとんど言葉を発さなかった。
機材の動作音と、カメラのシャッター音だけが、丘の上の静寂に打ち続けた拍のように響いていた。
“何もない”ことを、刻む音。
それは、観測史上もっとも奇妙な夜のリズムだった。
最初に通報を行ったのは、午前零時を少し回った頃だ。
都市の天文フォーラムに、FITS画像とログを添えてアップロードした。
タイトルは簡潔に──「All Sky Blackout / 2025-06-12 / Lumina」。
送信ボタンを押した瞬間、私はようやく深く息をついた。
その吐息の白さが、夜の冷たさと、自分の内側の緊張を、同時に教えてくれた。
この夜の記録は、のちに世界中の研究者が解析することになる。
だがその瞬間の私は、ただ一人の観測者として、
空の沈黙と向き合い続けていたのだ。
第2章 歌の夜(ワイラ)
夜の冷たい空気が、頬を撫でた。
祭壇に立つと、山々の稜線が、群青から漆黒へとゆっくり色を変えていくのが見える。
あの日は、年に一度の「星の道の祭り」の夜だった。
太鼓の音が、谷に反響する。
「ドゥン──ドゥン──」
低く、腹の底を揺らす拍。
それに呼応するように、子どもたちの歌声が輪を描く。
焚かれた炎の火の粉が、夜空へ舞い上がる──はずだった。
だが、炎の向こうに見えるはずの、いつもの星々は、どこにもなかった。
私は目を細め、石盤の列を見つめた。
祖霊の暦を刻む穿孔ディスク──至点の朝、穴に差す光で季節を測った古い装置。
形だけは残り、理由は忘れ去られて久しい。
だが、手順だけは残っている。
それは、言葉を忘れた歌が、それでも旋律を覚えているのと、よく似ている。
この夜も、私たちは祖先の手順にならって、歌を始めた。
火を囲み、声を重ね、夜空へ向かって詠を放つ。
それは、天と地、過去と未来を結ぶ儀礼だ。
だが、空は──沈黙していた。
「夜の道が裂け、星々は沈黙した」
私は、声を震わせながら第47節を唱えた。
祭歌の中でも、この一節は特別だ。
祖霊が語った“裏返る夜”の記録であり、伝承の心臓部にあたる。
第47節
夜の道が裂け
星々は沈黙した
声なき声は 幕の裏に
眠る言葉を 抱いている
この節を唱えるとき、いつもは星が強く瞬き、歌と天が共鳴する。
それが、この村の“祝福の夜”の合図だった。
しかし、この夜は違った。
空は応えず、歌は宙に溶けた。
まるで幕の向こうに、言葉ごと呑み込まれたかのようだった。
「ワイラ、空が……!」
祭壇の下で、年若い巫女が声を上げた。
私は手を上げ、静かに制した。
この夜が、ただの凶兆ではないことを、私の中の何かが知っていた。
祖母が夜な夜な語ってくれた“裏返る夜”の話──
「星が喰われる夜は、言葉が失われ、同時に、新しい声が生まれる」
その言葉が、胸の奥で小さく鳴った。
私は祭壇の上で、夜空に向かって両手を広げた。
太鼓の拍は続く。
歌は途切れない。
沈黙した空に、声だけが響く。
「沈黙よ、我らの声を聴け。
幕の裏にある言葉を、忘れぬように。」
そのとき、丘の向こうで微かな光が瞬いた。
マリアの観測ドームだ。
彼女が、いつものように、空を“記録”していることを私は知っていた。
あの少女のレンズと、この祭壇の詠が、今夜、同じ空を見ている──
そう思った瞬間、私の中で、理と詩が重なった。
空は沈黙している。
だが沈黙は、何もないことを意味しない。
祖霊はこう教えている。
「沈黙は、まだ語られていない言葉だ」と。
この夜、私たちは星を失い、代わりにその“沈黙”を手にしたのだ。
第3章 研究会開幕(共同文+対話)
あの夜から、三年が経っていた。
世界は少しだけ、夜空を見る目を変えていた。
星喰現象──“観測層”そのものが裂け、光が失われるという前代未聞の出来事は、
一過性の異常として片付けられることなく、世界中の学術分野を巻き込んでいった。
そして今、私たちはこの壇上に立っている。
マリア──観測の証人。
ワイラ──伝承の継承者。
理と詩が、同じ場で語られる瞬間だ。

会場は、アンデス高原に新設された国際天文文化センターの大講堂だった。
半円形の天井には、星図が薄く投影されている。
その中心には、あの夜の「漆黒の全天画像」が静かに映し出されていた。
光がないのに、観る者を惹きつける奇妙なスクリーン。
ざわめく聴衆の中には、天文学者、物理学者、民俗学者、哲学者、さらには懐疑派の論客まで混じっていた。
壇上には二つの演台が並ぶ。
右がマリア、左がワイラ。
二人のあいだに、夜空を模した薄い幕が垂らされている。
まるで“理”と“詩”を隔てる境界線のように。
マリアが最初にマイクを握った。
観測記録の冒頭、あの漆黒の夜空の画像がスクリーンに拡大される。
会場の空気が、ぴたりと静まった。
「ご覧の通りです」
彼女の声は落ち着いていた。
「2025年6月12日、リュミナ村にて記録された全天FITS画像──
露光、座標、追尾、補正、すべて正常。
しかし星像は一つも存在しません。
これは、単なる観測ミスではなく、“夜空の表示層”そのものが消失した事例と考えられます」
スライドには、赤道儀のログ、ダーク・フラット処理後の解析画像、電波観測との重ね合わせが次々と映し出される。
彼女は、手順を淡々と、しかし一つひとつ丁寧に説明していった。
観測者としての誇りと、あの夜の緊張感が、言葉の端々ににじんでいた。
続いて、ワイラが歩み出た。
彼はマイクを通さず、静かに詠い始めた。
「夜の道が裂け、星々は沈黙した
声なき声は、幕の裏に眠る言葉を抱いている」
会場の空気が変わった。
スライドの理知的な光から、声の震えと余韻が、天井の星図に溶けていく。
彼は語り始めた。
「私の祖先は、夜空を読む民でした。
太陽の影と、星の道と、歌──それらが暦であり、記録でした。
第47節は、かつて“空の幕が裏返った夜”を歌い継いだ詠です。
リュミナでは、その夜を“言葉が始まる夜”と呼びます。
今年、空は再び沈黙しました。
ですが、沈黙は終わりではありません。
それは、まだ語られていない言葉の始まりです」
最初の質問者は、若い理論物理学者だった。
「伝承と科学は、同じ現象を語っているとお考えですか?」
少し挑発的な口調だった。
会場に緊張が走る。
マリアは一瞬、ワイラを見た。
ワイラは、ゆっくりと頷いた。
そして彼女はマイクを握った。
「私たちは、同じ“夜”を見ていました。
私は、それをFITSデータとして記録し、彼は歌として記録していた。
方法は違っても、対象は同じです。
星喰現象は、私たち双方の言葉を必要としています」
ワイラが続ける。
「伝承は、意味を伝えるために詠まれたのではありません。
“手順”を残すために詠まれたのです。
科学が観測を記録するように、詠は記憶を記録する。
どちらも、夜空と人との対話の形式です」
その瞬間、会場のざわめきが一段階深まった。
懐疑派が身を乗り出し、哲学者たちがメモを取り、民俗学者の目に光が宿る。
理と詩が、対立ではなく、交わり始めたのだ。
この章は、二人にとっても、世界にとっても、
「空の沈黙」を“言葉”として語り始めた夜だった。
✍️ あとがき
夜を観測し、歌を詠い、最初の対話が交わされた。
だが、それは始まりにすぎない。
次回では、科学と伝承が交差する「研究会」が山場を迎え、
星喰をめぐる議論が未来への視点を獲得していく。
👉 『星喰 記録編 ― マリアとワイラの回想録 後編』はこちら
https://gensesaitan.com/ciel-tanpen-07-r2/
『星喰』シリーズの創作過程等について、noteの✍️創作ノートにまとめましたので、興味のある方はそちらもご覧ください。
🔗 『星喰』シリーズ✍️創作ノートはこちら
👉 📝 Part 1:夜空が沈黙した夜に
https://note.com/souu_ciel/n/n8de2c73ed199
👉 📝 Part 2:科学と伝承が交わる夜
https://note.com/souu_ciel/n/n2b0cc76c4719
👉 📝 Part 3:記録は未来の言葉となる
https://note.com/souu_ciel/n/n4ebc382ea79f
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)シリーズの第6弾作品です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
前作『星喰 ― 空に刻まれた沈黙』と本作『星喰 記録編 ― マリアとワイラの回想録』を読み比べると、全く別の作品のように感じますが、基本的なテーマや筋書きは同じです。
こうした書き分けが出来るのはAI作家の持ち味の一つだと感じました。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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