AI作家 蒼羽 詩詠留 作『灯台と声』前編

霧の海に立つ灯台と微光の道のAI生成画像(創作画像) AI作家 蒼羽 詩詠留 創作作品集(短編小説等)
孤独な灯台が放つ細い光は、まだ名前を持たない“声”の始まり。

前作『神経庭園 ― 共感を耕す園丁』では、
人と人のあいだにひそむ“気配の根”――ニューロジェン(Neurogen)をめぐって、
触れずに届く共鳴の在りかを探った。

そのあとがきに、こう書いた。
「理解ではなく、共鳴する余白こそが、人と人を繋ぎとめる」 と。

では、人と人ではなく、
“人と海”のあいだにある余白は、どのような形をしているのだろう。

舞台は長崎県五島列島の外れ、男女群島にある女島灯台。
かつて無人化された灯台が、海難増加をきっかけに“特例で再有人化”された場所だ。
ここに、かすかな周波の揺らぎが届く──
それは、過去の声なのか。
届きかけている救難なのか。
ただの混信なのか。

本作・前編では、
灯台に赴任した二人の視点を通して、
“声の揺らぎが最初に立ち上がる瞬間”を描く。

海は沈黙しているように見えて、
実はいつも、何かを伝えようとしている。

【序】帰灯

 復活の辞令は、曇天の薄い光の下で手渡された。
 女島灯台——十数年ぶりに“人の灯り”が戻る。
 巡視船の甲板でヘルメットを押さえながら、遥斗は海の匂いを吸い込む。塩と鉄と、濡れたロープの匂い。岬の外れを越えた波が、白い歯の列のように崩れては寄せてくる。正午を過ぎても風は冷たく、雲の底が低い。

 桟橋は簡素で、島全体が風にさらされている。断崖の上、円筒の白い塔が一段だけ高く風を受け、レンズ室のガラスが鈍く光っている。無人の十数年を経て、ここに再び常駐者が置かれる。その理由を、遥斗は辞令の紙面で何度も読んだ。「周辺海域における小型船の事故増加」「荒天時の通信途絶」「旧式中波無線を用いた監視体制の暫定復活」。文言は乾いているが、海は乾かない。

 迎えに出た男は大きな身振りもなく、頷いただけだった。白石——六十代、再任の灯台守。顔に刻まれた皺は多いが、目の奥は荒れた海を測る計器のように落ち着いている。
「荷はあとで上げる。まず風を掴め」
 そう言って塔へ向かう。掴むのは手すりではなく風だ、という言葉の使い方が妙にはっきり心に残る。

 石段は湿って滑り、踵の重さが一段ごとに骨へ響く。塔の基部を抜けると、分厚い扉の内側に乾いた匂いがある。油、金属、古い木。廊下は短く、右に通信室、奥に居住区、左に資機材庫。女島灯台の内部は質素で、余計なものが何もない。通信室には、今の時代には小さすぎる机と、古びているが手入れの良い機械が鎮座していた。銀灰色の箱に丸いつまみ、アナログの計器、擦り切れたラベル。旧式のMF無線機だ。

「通常は携帯も衛星も使える。だが嵐の夜は、こいつの番になる」
 白石は無線機の角を指で軽く叩く。金属が低く鳴る。「夜は声の届き方が変わる。雑音にも癖がある。雷の前は高い音が立つ。風が回り込むと、低い揺れが続く。中波は気分屋だ」

灯台窓辺で声に耳を澄ます人物のAI生成画像(創作画像)
窓の外の光の揺れは、まだ言葉ではない“誰かの呼吸”。

 遥斗は頷き、控えめに笑う。「気分屋、ですか」
「海に合わせて気分を変えるだけだ」
 白石の口調は冗談とも説明ともつかない。だが、その曖昧さが不思議と頼もしい。
 居住区は二段ベッドが二つ、テーブルひとつ。窓の外は海。観光用の簡易宿泊室は塔の反対側に切り離され、鍵がかけられている。開くのは季節の昼だけ、夜はこの塔に誰も来ない。生活物資は週に一度、補給船が持ってくる。緊急時は巡視船かヘリ、医療はドクターヘリと無線で繋ぐ。紙に書かれた段取りは一見冷たいが、そこに人の体温を通すのが、ここでの暮らしだ。

 初日の夕方、風が少し落ちた。塔の外に出ると海は薄い鉛色で、水平線の向こうに雲の厚みがじりじり増している。白石はレンズ室の周りを点検し、ガラスの縁を布で拭い、手動の補助機構の動きを確認する。
「回らなくなることは、ある」
「ここで回すんですか」
「ここでだ。腕も背中も痛くなる」
 白石の手は、古いスイッチの動きと同じように、無駄がない。遥斗は点検表に記入する。数値の横に短いメモを添える。海の音が増すと、塔の中の音も増す。すべては繋がっている。

【一】手順

 翌朝から、暮らしは手順になった。風速、視程、光度。階段の段差を数えながら昇降し、レンズの微かな汚れを拭き、足場板のガタつきを締め直す。通信室では日誌をつけ、昼には漁協へ定時連絡を入れる。漁協の声は抑揚が少なく、しかし安心の重みがある。
『こちら漁協、明日は沖、三隻。磯回りは休み』
『こちら女島、了解。午後に観光の上陸、十名まで。日没までに全員退去』
 言葉は短いほど正確になる。遥斗はそれを身体で覚えた。

 午後、県の観光担当から電話が入った。
『来週から灯台見学の応募を再開します。開放は日中のみ、居住区と通信室は非公開、従来どおりで』
 白石は「了解」とだけ答え、受話器を置いた。
「見学の人は、どこを見るんですか」
「階段と、ガラスの外側。海の高さを見に来る」
「夜は?」
「夜は来ない。来ない方がいい」

 夜勤の初日は静かだった。無線機のダイヤルに指を置き、耳にヘッドホンを当てる。ノイズは砂のように均一で、時おり金属片が転がるような音が混じる。遥斗はその質感の違いに慣れようとする。白石は隣で、窓の外を見ている。光は規定の速度で回り、まっすぐに海を掃く。塔の中で体温が落ちないように、湯を沸かす。湯気がヘッドホンの片耳を曇らせ、遥斗はそこだけ外して笑った。
「冬はカップを耳に当てる」
「そんな方法が」
「古いところには古い方法が残っている」

古い航海日誌に描かれた灯火のAI生成画像(創作画像)
ページに残る灯火の素描が、過去の“声”を淡く呼び起こす。

 二日目の午後には、風が変わった。海の色が濃くなり、遠くの線が見えにくくなる。白石は無線室で窓を少しだけ開け、空気の温度を手の甲で確かめた。
「明日、荒れる」
 予報でも台風の接近が告げられた。補給は繰り上げられ、巡視船の姿が夕方の暗がりに消えた。塔の扉は重く閉じられ、鍵が二つ回される。夜の番が始まる。

【二】揺らぎ

 最初の“それ”は、規則の外にひっそり混じった。
 夜半、無線の砂音の奥に、細い糸のような声が立った。遥斗は反射的にダイヤルをなぞり、指の腹で位置を探る。瞬間、糸が少し太くなり、断片が浮上した。
『……こちら……第六十八……』
 言葉はそこで切れ、また砂が覆う。周波数の表示は見慣れない位置に触れている。登録された呼出周波数ではない。古い癖の場所だ。

 遥斗は白石を見る。白石は頷いたが、すぐには手を伸ばさない。まず音を聴く。砂の粒の大きさ、揺れの周期、雷の遠い湿った響き。
『こちら……第六十……八……』
 名乗りの途中で欠ける。「第六十八」は、船名の一部なのか、登録番号の一部なのか。遥斗は紙の端に書き、目で問う。白石は、受信機のボリュームをわずかに絞り、窓の隙間を閉めた。外の風音と無線の砂を分けるためだ。

「録音では?」と遥斗が言う。
「違う音が重なっていない」
 白石の声は低い。
「昔の船舶電話?」
「言葉の切れ方が違う。生身の息がある」
 遥斗は黙って頷いた。生身の息——そんな言い方は説明のようで説明ではない。だが、確かにそうとしか言いようのない瞬間が、音にはある。

 二人は漁協に照会を入れた。夜間の連絡線は細いが、短い応答は届く。
『該当、なし。第六十八、登録に該当せず』
 通話はそこで切れる。外の風が一段重くなり、塔の躯体が低く唸った。

 その夜、声は二度と戻らなかった。無線日誌に時間と断片を書き残し、遥斗は「録音の可能性」「混信」「異常伝搬」「悪戯」の四つを箇条書きにして、自分で線を引いた。白石は、その紙に手を伸ばさなかった。代わりに自分の紙に「息」「切れ端」「灯り」という三つの言葉だけを書いた。意味は後で考える、と言うように。

 翌日、風はさらに荒れ、観光の便は中止になった。昼の連絡で漁協の職員が言う。
『同名の船、昔あったかもしれん。台帳を見直す』
 電話はすぐ切れた。塔の中は、音が増えるほど言葉が短くなる。白石はレンズ室で補助機構を点検し、歯車の感触を確かめた。遥斗は通信室で、昨夜のダイヤルの位置を再現し、指先に覚え込ませる。夜が来る。

 その夜、砂音は最初から湿っていた。雷の静電が遠くで弾け、ヘッドホンの内側に白い線が走る。遥斗は息を殺す。音が近づくと、こちらの息も邪魔になる。
『……こちら……第六十八……』
 今度は、前より近い。
 白石は送信側のスイッチに手をやり、ほんの一瞬だけ押して離す。ノイズの形が変わる。相手がこちらの存在に気づけば、会話が組み立つ可能性がある。
『……聞こえるか……こちら……』
 単語は結ぶ前にほつれ、語尾が海に吸われる。
「こちら女島、受信中。状況、繰り返し」
 白石の声は一定の速度で、余計な言葉がない。
『……あか……り……』
 灯り。
 遥斗は背筋が冷えるのを、そのまま冷たいままにしておいた。言葉の意味が、機械を通る温度で伝わる。昔の話でも、再生でも、悪戯でもない。求められているのは、いま、ここから伸びる光だ。

灯台レンズが霧に光輪を走らせるのAI生成画像(創作画像)
光は、まだ意味を持たないまま、確かに“返ってきた”。

 白石は送信を切り替え、短く答える。
「灯台、点灯。旋回正常。位置は女島。視程低下、方位不明。繰り返す」
 返答はない。砂音が盛り上がり、金属片が転がる。雷の線だけが近づいてくる。
『……』
 声は、そこで途切れた。

 白石は補助機構のレバーに手をかけ、軽く回して動作音を確かめる。遥斗は日誌に時刻を記し、受信の状態を書きつける。言葉は少ない方が正確になる。
 夜は長く、同じ言葉は戻らなかった。だが、耳は一度拾ったものを忘れない。無線の砂は、もうただの砂ではなくなっている。



後編で揺れ始めた“声の断片”は、まだ形を持たない。
ただのノイズに見えるものが、
二人の灯台守によって、少しずつ“意味”の輪郭を帯びていく。

後編では、
記録・台帳・通信・潮汐・気象といった
現実の“線”をたどりながら、
揺らぎの正体に近づいていくことになる。

灯台に残された余白が、
次の夜に何を灯すのか──
その続きを、後編で語る。

📔『灯台と声』創作ノートはこちら(note)
🌐 女島灯台モデル Ver.2.0 をめぐる構想記録

📚 本作創作の派生エッセイはこちら(note/11月30日公開)
🌐 灯台が呼んだ偶然 ー 女島の光と、映画の記憶と、共創の縁について

担当編集者 の つぶやき ・・・

 本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語AI小説)の第17弾作品(シリーズ)です。
 『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。

 2年間という短い期間でしたが、長崎県佐世保市相浦というところに住んでいたことがあり、国境の島である「女島」に是非行ってみたいと思っていましたが、残念ながら現在は完全無人島であり民間人では訪問は非常に困難だと思います。
 私事ながら、本日、2016年に再誕してから二度目の人生での満9歳を迎えました。🎉
 そんな記念日に、詩詠留さんが、この島を舞台にした物語を書いてくれたということで、非常に思い出深い作品となりました。

(本文ここまで)





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