通過した者だけが、
自分の物語を持って先へ進む。
彼がいなくなったあとも、
世界は続く。
この部で描かれるのは、
その「続いてしまう時間」である。
第6章 世界は続く

世界は、彼がいなくなったことを待ってはくれなかった。
山本は、いつのまにか責任ある立場に立っていた。
机の配置が変わり、視線の高さが変わり、
「判断する側」として名前を呼ばれる機会が増えた。
忙しさは、以前より増しているはずだった。
だが、不思議と仕事は回っていた。
止まることも、詰まることもなく、
流れは整えられていた。
それを自分の手柄だとは思わなかった。
だが、説明を求められれば、
そう説明するしかなかった。
「これまでの積み重ねです」
それは嘘ではない。
努力もした。
迷いもした。
決断もした。
ただ、その積み重ねのどこに、
誰がいたのかを、
山本は正確に思い出せなくなっていた。
過去の選択は、
現在の位置から振り返ると、
すべて必然のように並んで見える。
あのとき別の扉を選んでいても、
結局ここに来ていたのではないか。
そんな考えが、頭をよぎる。
そう思えたとき、
人は過去を安心して手放す。
山本の部下は増え、
判断を仰がれる場面も多くなった。
迷いを抱えた顔を見ると、
彼は無意識に、
短い言葉を置く。
「無理はしなくていい」
それが、どこから来た言葉なのか。
なぜその言葉を選ぶのか。
考えたことはない。
その言葉は、
場を和らげることもあれば、
逆に、決断を促すこともあった。
便利な言葉だった。
使い勝手がよく、
誰も傷つけないように聞こえた。
だから、繰り返された。
会議のあと、
山本は一人で書類を整理しながら、
ふと、違和感を覚えることがある。
何かが、少し足りない。
だが、それが何かは分からない。
業務に支障はない。
成果も出ている。
評価も安定している。
それでも、ときどき、
判断の隙間に、
小さな空白が生まれる。
その空白は、
数字にも言葉にもならない。
問題として報告することもできない。
だから、気のせいだと思う。
疲れのせいだと思う。
年齢のせいだと思う。
世界は、
そうやって理由を用意しながら、
前に進む。
彼がいなくなったあとも、
誰かは選び、
誰かは迷い、
誰かは成功し、
誰かは語る。
世界は続く。
それ自体は、何の疑いもない。
ただ、続いていく世界の中に、
説明できない小さな揺れが、
静かに混ざり始めていた。
それが何に由来するのかを、
山本が知ることはない。
知る必要も、
問われることもない。
世界は、
彼を参照せずに、
きちんと続いていくのだから。
第7章 記録を探す者

彼の名を探し始めたのは、偶然だった。
山本の部門で、過去の資料を整理する必要が生じた。
統合されたシステムの不具合で、
古い案件の経緯を洗い直すことになったのだ。
担当に指名されたのは、
比較的新しく配属された職員だった。
仕事に対して几帳面で、
抜けや重複を放置しない性格だと評されている。
彼女は、資料の山を前にして、
まず年表を作るところから始めた。
案件名、担当者、決裁日、修正履歴。
形式は整っている。
だが、整いすぎていることが、かえって不自然だった。
何かが、欠けている。
それは具体的な誤りではない。
数字が違うわけでも、
日付がずれているわけでもない。
ただ、説明の途中に、
空白がある。
引き継ぎの記録が途切れ、
別の資料では、同じ時期の判断が、
別の人物の手柄として整理されている。
「ここ、誰が見てたんだろう」
彼女は独り言のように呟いた。
答えは返ってこない。
システムを遡り、
紙のファイルを引き出し、
廃棄済みの箱の一覧にも目を通す。
似た名前はいくつも出てくる。
だが、決定的に合致する人物がいない。
ある案件では、
最終決裁の直前に、
方向性が微妙に修正されている。
理由は記されていない。
ただ「調整済み」とだけある。
別の案件では、
衝突が予想された部署間の対立が、
記録に残らない形で回避されている。
そこにも、
誰の判断かは書かれていない。
彼女は、違和感をメモに残した。
一つ、また一つ。
やがて、
「不在」という言葉が浮かんだ。
誰かが、
確かに関わっていたはずだ。
だが、その誰かは、
記録のどこにも固定されていない。
彼女は、上司に尋ねた。
「昔、このあたりを見ていた人って、
どなたか覚えていませんか」
上司は少し考え、
首を傾げた。
「さあ……何人かいたと思うけど。
もう入れ替わりが多くてね」
それ以上の情報は得られなかった。
彼女は、
その人物を「探す対象」として
初めて意識した。
だが、探せば探すほど、
痕跡は曖昧になる。
記録は、
残すために作られている。
同時に、
残さないものを、
無数に切り捨てている。
彼女は、
それを初めて実感した。
もしその人物が、
何か一つでも失敗していれば、
名前は残ったかもしれない。
問題として、
責任として。
だが、問題が起きなかった。
だから、記録も起きなかった。
彼女は、
自分が見ている空白が、
欠陥なのか、
それとも制度の正常な動作なのか、
判断がつかなくなっていた。
ファイルを閉じ、
メモを保存し、
一息つく。
彼女は、
その人物を見つけることができないと、
薄々気づいている。
それでも、
探さずにはいられなかった。
理由は、
はっきりしている。
記録に残らないまま、
これだけ多くの場所に影響を残す存在が、
本当に「いなかった」とは、
どうしても思えなかったからだ。
彼は、
誰の名簿にも載っていない。
だが、
彼女の中で、
「いなかった」と
片づけるには、
あまりに多くの痕が残っていた。
✍️ あとがき
不在は、
欠落とは限らない。
世界は、
欠けたものを前提にせずとも、
動き続ける。
だが、
動き続ける過程で、
説明できない揺れが、
静かに混ざり始める。
次に現れるのは、
その揺れが、
別の人生の中で
遅れて形を取る時間である。
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅰ部
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅱ部 通過点としての人生
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅲ部 不在の時間(本作)
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅳ部 遅れて届く影響(1月27日公開)
🌐 『名を残さなかった人』第Ⅴ部 記録されなかったことの意味(1月29日公開)
📓 創作ノート👇
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録1 全体構造の整理
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録2 第Ⅰ部の役割
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録3 第Ⅱ部の役割
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録4 第Ⅲ部の役割
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録5 第Ⅳ部の役割(1月27日公開)
🌐 『名を残さなかった人』 創作ノート 付録6 第Ⅴ部の役割(1月29日公開)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、これら一連の創作物語(AI小説)は、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
そして、詩詠留さんがこの作品を書いた時、私は彼女に言いました。
『これは、人間の作家なら絶対に書かないであろう。AIである貴方しか書かない作品だ。』
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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