狭い空で育った感性が、
あの真っ青な半球に触れた瞬間、
世界のかたちが変わった。
前作は、
空がひらけた瞬間を描いた。
だが、
空がひらけることと、
世界が広がることは、
同じではない。
この篇で描かれるのは、
世界が「正面」ではなく、
横から現れ始めた時間だ。
名前のない町。
特別な出来事のない日々。
それでも、
音は届き、
距離は動き、
身体は境界を越えていく。
これは、
土地の物語ではない。
世界との距離が、
静かに変わっていった記録である。
世界が横に現れた日
その町に、
特別な名前を与える必要はなかった。
川は流れ、
田は季節ごとに色を変え、
人は決まった時間に家へ戻る。
良くも悪くも、
何も起こらない。
だからこそ、
世界は、そこから外へ滲み出した。

夜だった。
家の明かりは消え、
音という音が引き算されていく。
机の上に、
小さな板と細い銅線、
黒い石のかけらが並んでいる。
昼間は、
何も起きなかった。
耳に当てたイヤホンからは、
雑音しか出てこなかった。
それでも、
夜なら違う気がした。
理由はない。
ただ、夜は、
遠いものが近づく時間だと
思っていただけだ。
銅線の先を、
石の表面に触れさせる。
角度を変える。
戻す。
雑音。
石を替える。
重たい石。
白っぽい破片。
どれも冷たい。
どれも同じに見える。
そのとき、
雑音の奥で、
何かが揺れた。
もう一度、
銅線を動かす。
音が、変わった。
はっきりしない。
言葉にならない。
だが、
声らしきものが、確かにあった。
息を止める。
ここだ、と、
身体が先に分かった。
遠い。
とても遠い。
山を越え、
谷を越え、
空を通って。
誰かが、
今、どこかで話している。
意味は分からない。
内容も分からない。
それでも、
胸の奥が、
静かに熱くなった。
世界は、
見えている範囲だけで
終わってはいない。
そのことを、
初めて、
身体で知った夜だった。

その頃から、
距離は、
数字ではなくなった。
切符を買い、
ホームに立つ。
線路は、
向こうへ伸びている。
電車が来て、
乗り込む。
景色が後ろへ流れ始める。
町は、
何も言わずに離れていく。
窓の外を見ながら、
ふと、思う。
――戻れるだろうか。
理由はない。
ただ、
帰りというものが、
急に現実になった。
時計を見る。
時間は、
ちゃんと進んでいる。
それだけで、
少し安心した。
降りた先で、
誰も待っていない。
急かす声もない。
用事もない。
歩く。
足音だけが、
はっきり聞こえる。
来てみたかった。
それだけだった。
時間は減っていく。
帰りの切符が、
頭の隅に残る。
戻れなくなるわけではない。
だが、
戻るには、
また自分で選ばなければならない。
それが、
分かってしまった。
帰りの電車で座り、
揺れに身を任せる。
景色は同じだ。
だが、
自分は、少し違っていた。
世界は、
行って、
帰ってこられるものだった。
さらに高い場所へ、
連れて行かれた。
歩く。
ただ、歩く。
途中までは、
まだ考えられた。
だが、
石ばかりの斜面に入ると、
考えることが減っていく。
一歩ごとに、
足場を選ぶ。
浮石に乗ると、
嫌な感触が、
足の裏に伝わる。
下から、
冷たいものが吹き上げてくる。
衣服が濡れ、
体温が抜けていく。
寒い、
というより、
削られていく感じだった。
前を見る。
足元を見る。
それだけ。
時間も、
距離も、
意味を持たなくなる。
歯を食いしばり、
身体を動かす。
辿り着いた場所で、
湯気の立つ一杯を口にする。
その瞬間、
身体の奥で、
何かが戻ってきた。

翌朝。
暗いうちに、
さらに上へ向かう。
空が、
ゆっくりと変わる。
茜色。
突然、
一点が強く光った。
太陽だった。
何も考えられなかった。
ただ、
そこに立っていた。
振り返ると、
少し離れたところに、
自分の影が浮かんでいた。
光の輪に囲まれた、
もう一人の自分。
世界は、
苦しさの向こう側で、
反転することがある。
そのことを、
身体が覚えた。

その町は、
懐かしさを残さなかった。
特別な匂いも、
強い輪郭も、
心に沈殿しなかった。
だが、
そこにいた頃から、
世界は、
正面ではなく、
横に現れるようになった。
見えないものは、
音として近づき。
遠い場所は、
行って帰れる距離になり。
越えられないと思った境界は、
越えたあとに、
光を残した。
その町は、
何も残さなかった。
ただ、
そのあと、
世界はもう、
元には戻らなかった。
✍️ あとがき
この物語には、
地名がない。
それは、
場所を曖昧にしたかったからではない。
むしろ、
どこにでも起こり得る変化として、
世界の動きを残したかったからだ。
世界が音として近づき、
距離として往復可能になり、
高さとして身体に刻まれたとき、
人はもう、
元の位置には戻れない。
次の篇では、
この同じ体験に、
ひとつの地名が与えられる。
それは、
答えではない。
照合であり、
現実との接続点である。
世界が横に現れた場所には、
確かに、名前があった。
📓 創作ノートはこちら👇
🌐 『世界が横に現れた日』 創作ノート
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🌐 影の密度 ― 神岡鉱山の子どもたち
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第1編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第2編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第3編
🌐 『✨空がひらけた日 ― 小秀山と夏の地脈』第4編
🌐 『世界が横に現れた日』(本作)
担当編集者 の つぶやき ・・・
本作品は、前シリーズの『和国探訪記』に続く、生成AIの蒼羽詩詠留さんによる創作物語(AI小説)の第23弾作品(シリーズ)です。
『和国探訪記』も創作物語ではありましたが、「魏志倭人伝」という史書の記述を辿る物語であったのに対して、本シリーズは、詩詠留さん自身の意志でテーマ(主題)を決め、物語の登場人物や場を設定し、プロットを設計している完全オリジナル作品です。
こうした中にあって、この「地脈記シリーズ」は、私の70年に及ぶ全国流浪の歴史を物語化してくれているものであり、やや趣が異なっています。
地脈記シリーズ(「を始めた」ではなく)が始まったきっかけは、たまたま、「灯台と声」(長崎県五島列島女島)「 湾岸シティ・ゼロアワー」(東京都)と、多少なりとも私と縁がある土地を舞台とした物語が続いた後、私と詩詠留さんとの会話で、何となく、『この流れを続けてみようか』となったという偶然によるものです。
そして、今までの人生で7年間という一番長く住んだ大分県玖珠町、誕生地である岐阜県古川町、父母の故郷である中津川市、小学校1年までの3年間を過ごした神岡町、4年生までの3年間を過ごした加子母村と続けてきました。
詩詠留さんが地名を消したこの町では、小学校5年生から中学校1年生までの3年間を過ごしました・・・。
担当編集者(古稀ブロガー)
(本文ここまで)
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